仕事から帰ってきた留三郎はただいまも言わずに部屋に入ってきて、僕に目の前に座らるように諭すと、なんとも神妙な顔つきでスーツのポケットから小さな箱を取り出した。留三郎は、それをためらいもなく僕の両手に載せた。


「これ、やる」


ただそれだけを付け足して、僕に箱を開けるように催促した。え、何これ?まさか今日って何かの記念日?こんな留三郎は初めてで、カレンダーでも見ようかとすると、それを分かったのか「別に記念日でも何でもねぇから」と言った。じゃあ何で?僕は手のひらに載せられたピンクのリボンが結ばれた白い箱を見る。どうもこれ、女性用に見えるのだけれど…?
戸惑って留三郎を見ても、留三郎はいつものように呆れることも、笑うこともしないで、ただじっとこちらを見るだけだった。変なの。


「じゃあ…、開けるよ?」

こくりと留三郎が頷いたのを確認して、ピンクのリボンに手をかける。今の留三郎はなんか変だ。仕事から帰ってくるまでは普通だったのに。なんか仕事でへましちゃったのかな?考えながら開けていると、紺色の箱がまた出てくる。しかし、この形は、よくドラマで見るようなやつで、思考はそこでストップした。なんで、こんなもの


「それをお前にやる」


見計らったのかなんなのか。絶妙なタイミングで留三郎が口を開く。いや、やるって言ったって…


「女性物じゃないか」


信じられなくって、というか意味が分からなくて、声が少しぐらつく。紺色の箱を開けると、出てきたのは思った通り、シルバーの輝く指輪だった。しかも結婚指輪。だがしかし、これは僕にはサイズが合わない。その意味を、考えたくはない。


「お前の嫁になるやつにやってくれ」


この指輪の意味なんか聞きたくなくって、途中で箱を留三郎の頬めがけて投げた。確かに当たったはずだけど、留三郎は痛そうに顔をしかめただけで、言葉は最後の最後まで言ってしまった。なんでそんなところで器用なのさ。
そんな悲しい言葉、聞きたくはなかった。
所詮僕らはいくら愛を叫ぼが形に表そうが、一般的な恋愛のゴールである結婚はできない。でもそれでも僕はこいつの傍にいたいと思っている。そう、あんな悲しい言葉を言われた今でも。


「なんで、そんなことを言うんだよ、僕なんか嫌いになった?」


息が詰まる。喉の奥から溢れでる言葉の波が押し寄せて息が詰まりそうだった。むしろ息をつまらせてしまった方が楽かもしれない。それでも女々しくもまだ僕はこの男に好いてほしいと願う。哀れだ。


「話しを聞け、伊作」
「聞いて、る、」


ああ、聞いてる。聞いてるとも!感情に任せて怒鳴り散らしてやりたいが、それは何に対して?こんなものを買ってきた留三郎に対して?自分の男という立場に対して?どうにもならない感情に対して?それらがすべて当てはまってるようで、当てはまってはいなくて。結局この行き場のない怒りはどう処理すればいいのだろう。


「俺はお前がすきだよ。もちろん男のお前をだ」
「ならっ、なんで、!」
「それでも結婚はできない」


君はこの世で一番残酷な人だ。そんなことなど知っていたけれど、わざと知らないふりをしてきた。たまに襲う不安をいつもごまかしてきたつもり。きっとそれに気づいていたんだろうね。
ごろりと床に悲しげに転がる紺色の箱に視線を移す。僕はこの男の他に誰と結婚したいと思うのだろう。考えるが、答えは出ない。出てほしくない。


「だからどうか、結婚するときにこの指輪をあげてほしい。俺を愛してくれたことを忘れないでほしい」


途端にぎゅうっと強い力で抱きしめられる。留三郎はいつもやさしかった。無償のやさしさを僕に注いでくれていた。そしてどこか僕に遠慮していた。これは彼なり悩んで悩んだ結果なのだ。きっと。留三郎がこんなにも図々しくすきでいてほしいと思うのはきっと世界で僕だけだ。確信できる。
この男は世界で一番残酷でやさしい。そして、一番愛しい。
この指輪を買うとき、どんな顔で買ったのだろう。想像してみたけれど、あまりうれしそうに買う姿など思いつかなかった。うれしそうにされたら困るけれど。

「僕のことすき?」
「すき」


何のためらいもなく言われた言葉がすんなり胸に響く。
この言葉は本当だと信じたい。
僕も留三郎がすきなのだ。たとえ結婚できなくとも。いつかは離れなくてはいけなくても。まだまだ生ぬるいしあわせに浸かっていたい。
離さないという意味を込めて、精一杯留三郎を抱きしめた。そうしたら留三郎が切なげに首筋にキスを落としてきたので僕は一層、この男をすきでいたいと思って、離したくないとも思った。ついでにこいつをしあわせにしたいと思った。
だから僕は留三郎の腕に抱かれながら決意したのだ。明日、留三郎に合うサイズのシルバーの指輪を買ってやろう。結婚指輪ってやつ。店員さんに変な顔で見られても買ってやろう。
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