あ、鉢屋が寝てる。

珍しい物を見た。昼休みに図書室に本を返しに行こうかと歩いていれば、風通しの良さそうな木の根にごろんと体を預けて眠る鉢屋がいた。それを見つけたとたんに足は図書室から鉢屋の方に方向転換。理性より本能で動くタイプなんだ、俺。
寝てる鉢屋近づいて、寝てるんだなあと思う。おかしい話だが、鉢屋が寝てるところが自分の中で想像つかなくて実物を目の前にしてなんだか実感が沸かない。だって、鉢屋は、言っていたんだ。


「私は人前で寝たりしないね。雷蔵は同室だし別だけどーっ」


頭の中で意地悪くにやにや笑いながらそう言う鉢屋がぽわんと浮かんだ。それを思い出して、うれし反面、もやっとする。
だって、今目の前にいるのは紛れもなく寝ている鉢屋。俺が来ても覚まさないってことはそれなりに安心しているってことだろう?うれしいよ。
でも、でも。
そんなことで浮かれてる俺より雷蔵は鉢屋の中で大きな存在だと思い知らされる。嫌だなあ。

分かってるよ、鉢屋は雷蔵がすきで。雷蔵も満更でもなくて。俺なんて入るスキもないくらい。分かってるんだよなあ。


でもさ、でもさ。それを知っててハイ ソウデスカーって引き下がれるくらいの想いならとっくの昔にごみ箱にくしゃくしゃに丸めて、テープでとめて、捨ててる。
だけど、それができないくらい大きな想いなんだよ、なあ。


「おい勘右衛門」
「あれ?起きてたー?」
「起きてたー?じゃねぇよっ!なんでこんなに近いんだっ!」


しゃかしゃかと顔を素早く俺に変えて声も変えて、俺変装してそう怒鳴る。それはちょっと勘弁してもらいたいなあ。


「鉢屋それは愚問だよ。こんなに近づいてんだからすることは一つだろ?」


いつも鉢屋がするみたいに意地悪く笑えば目の前の俺の姿の鉢屋はぐっと押し黙る。それから視線をさ迷わせて、器用に元の雷蔵の姿の鉢屋に戻った。


「なんで…私なんだよ」


鉢屋の息がかかる。それくらい近い距離。睫毛が長い。雷蔵もこれほど長いんだろうか。考えて、嫌になる。そんな、なんで鉢屋なんてのなんか、俺が一番考えたよ。
鉢屋なんて雷蔵のパクりだし、意地悪だし、頭が無駄にいいし、考えてることまるでわかんないし、顔でいうなら同じ組で仲のいい兵助のほうがいい。ほら、いいことなんて一つもない。なのに、なんでかなあ。


「知ってるだろ、私は、雷蔵が、すきなんだ」


一つ一つの言葉を慈しむように、鉢屋が口を動かす。
知ってるよ、そんなこと。お前だって知っているだろう?俺は、お前を、すきだって。
だからそんな事実、知りたくなんかないんだよ。知ってなんかやらないよ。
言ったよね、俺は理性より本能で動くタイプなんだってさ。
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