「鏡よ 鏡さん」

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「スッゲーきれいだな!」


入場して円堂くんたちの席に行けば、にかっと白い歯を見せてあの頃となんら変わりなく笑う彼がいた。きっと素直な彼の言うきれいは本物だろう。それに私は一般的に「ありがとう」と返した。多分これが正解のはずだ。
なんとなく視線を下げれば、真っ白なドレスのレースが見えた。爪先まで徹底的に白に揃えたドレス。世間でいう花嫁。それが今の私。髪もお化粧もプロの人が手掛けたもので、この日のために伸ばしてきた髪はサイドアップにして、それからゆるく巻いてもらった。
自分で見ても今日の私はきれいだった。一之瀬くんもいつもかわいいと言う私を今日はきれいだと言った。そう、だから、今日の私は今まで一番きれいなのだ。
なのに、円堂くんが放ったあの言葉が一番、胸に残っているのだ。なんて馬鹿なんだろう。隣にいるのは、円堂くんじゃないのに。


「秋、座って」


いつものように完璧なエスコートで私を先に椅子に座らせる一之瀬くんも、今日は一段とかっこよかった。
明日から私たちは夫婦になる。婚姻届けは前に出して正式にはもう夫婦だけれど。でも幼い頃から染み付いた結婚式イコール夫婦は未だに消えてくれない。
それから、すきな人とするというのも。私ももういい歳なのに、そういうのは女の子の夢なのだ。…もう叶うことないけれど。


「秋、俺は今しあわせだよ。結婚式を挙げさせてくれてありがとう」


流れるビデオに釘付けになって会場が少しにぎやかになると、見計らったように一之瀬くんがこそりとそう言った。そしてぎゅっと暖かな手が私の手を包む。


「私も…しあわせだよ。ありがとう…」


嘘ではない。けして。だけど、ふと思うのだ。もしこの私の手を握る手が円堂くんならと。…最低。
私は一番やさしくて純粋な彼を裏切っている。そんな私に花嫁になる資格なんてあるのだろうか?
白のドレスも、レースも、サイドアップもゆるく巻かれた髪も、私には似合わない。きれいなんて言葉も私にはいらない。
会場が急に明るくなる。ビデオは終わったみたいだ。何気なく視線はさ迷わすと円堂くんが目に入ってくる。無意識の内に彼の姿を追っていた学生時代と何ら変わりない。それじゃだめなのに。
だめだと思うのに、この視線に気づいてくれないかなあ、と考えてしまう。…最低。
この右手から伝わる暖かな温度に溶けてしまいたい。思考回路までどろどろに一之瀬くんの温度で溶かしてほしい。


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「一番美しいのは誰?」
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