これは恋だ。
胸の底から沸き上がる感情はあまく切なく、喉の奥をきゅっと心地よく締め付ける。まさしく正真正銘の恋だ。
そう理解した途端、僕の体温は驚くほど急激に上がった。全身が燃えるように熱い。痛いくらい心臓はうるさい。

きっと、これが、すきという、感情なのだ。


しかし、それを理解した時が悪かった。何で今さらになって気づくのだろうか!
僕はそんなのろまな自分が恨めしくなった。
顔は湯気が出てもおかしくないってくらい熱いから、きっと顔に出ていたんだろう。僕の髪の毛を絡めていた三郎の指先がぴくりと動いた。あ、あ、ああ…何でこんなことに気づくんだろうか。ふわりと浮き出た感情に動揺が隠せない。
だってだって、今、目の前にいる男をすきだなんて。五年というあくびがでるくらい長い年月を共に過ごしてきた片割れとも言えるこの男を。
そして、どうして今、気づくのだろうか。それが自分自身のことなのに謎だ。気づくなら…そう、ひっそりと、あくまでひっそり。一人の夜に、眠りの浅瀬を泳ぎながら、「ああ、僕は三郎がすきなのだなあ」と何気なく気付きたかった。しかしそれは僕の淡い淡い理想で。現実は息がかかるくらいの近い距離で三郎の瞳を見つめ返して「すきだ」と無性に思ったのだ。おかげで今顔を赤くさせる僕に三郎は怪訝な顔をしている。
ちょっと傷つく…いや、だいぶ傷つく……。


「どうした雷蔵、熱か?」


僕の髪の毛を絡めていた長い形のいい指を離して、やさしい声色でそう問われれば、僕の耳たぶはじんわりじわじわ熱に侵されてゆく。喉はからからで渇ききっていて、「…っぅ、え…?」なんてずいぶんマヌケな声しか出なかった。それは大変恥ずかしいので、僕は首を横に振った。
そうすれば納得いかないだろうけれど何かを察した三郎が「そうか」と言った。
その声にすら、いとおしく思えてしまう。
恋というのは大変だ。いちいちすごい速さで心臓が動く。これだと何回も何回も僕はころされてしまうよ。この男に。


ちらりと三郎を盗み見れば今だ僕の髪をくるくる指先に絡めて遊んでいた。何がそんなに楽しいのだろうか。たかが僕の髪の毛である。そこから異次元に繋がって未来の道具を出せるわけでもないのに。三郎は熱心に僕の髪を弄る。ときどきその指先が髪を樋でゆくからなんだか気持ちいい。
先ほどよりいくぶん心臓は落ち着いたので、心地よさに身体を預けることができた。
本当に僕は三郎がすきなんだなあ。
今さらながら実感する。そしてその言葉を飲み込む。この想いは伝えないつもりだ。きっと臆病な僕は伝えることすらできず、何回も何回も三郎にころされるのだ。


「…なあ、雷蔵」
「んー、なんだい?」


三郎の指先を気持ちよく感じ、眠くなってうとうとしていると、ひっそりとした静かな声で名前を呼ばれた。
自分の名前ですら三郎に呼ばれるとなんだかあまい響きに感じた。やだなあ、僕ばかりすごく三郎がすきで。一方通行なことは重々承知しているが、やはりそういうところはずるく思えてしまってしかたない。お前も僕と同じならいいのになあ。
そんなことをゆるゆる考えながら、三郎の言葉を待つが、いっこうに三郎は口を開く気配がない。


「三郎?」


不思議に思って三郎の名前を呼べば、三郎は僕の肩に顔を埋めてきた。やわらかな毛質の髪が首を撫でてこそばゆい。


「あのな、雷蔵」
「うん?」
「もし、私の勘が当たればの話しだが…」
「うん」
「………、」


それからまた三郎は黙ってしまう。一体どうしたというんだろうか。三郎の勘が当たっていたら、何?
続きが気になって「三郎?」と呼びかけながら三郎の背中をやさしく撫でれば小さく三郎が唸った。


「うー、その、な?」
「うん」
「あ、や…うん」
「うん?」
「やっぱりなし。忘れてくれ」


なんだよ、それ!三郎は自分で話しを終わらしてしまうと、ぐりぐりと顔を僕の肩に押し付けてきた。
絶対になにかあるのだろうな、と思った。忍の勘などなくともわかる。確実に三郎は何か言おうとした!本当なら先ほどの三郎ように「そうか」と少々おかしながらも納得するのがやさしさというものなんだろうけど、僕のやさしさは好奇心に負けてしまうようだ。


「気になるじゃあないか!」


僕にひっついて顔を見せないようにする三郎をこちらに向かせようと引っ張る。
だって気になるし、それ以前にすきな相手の話だ。一つも漏らさずいたいよ。少なくとも強欲な僕はお前の話しが聞きたい。くだらない話しでもいい。真剣な話しでもいい。だから聞かせてほしいよ。


「さーぶーろー!」
「いーやーだー!」


僕が三郎を引っ張るのに抵抗して三郎は僕に顔を見せないように力を入れる。どちらも譲ることなんて知らないかのように自分の意見を押し通す。いい加減、僕もめんどくさくなってきたので、思いっきり引っ張ってやった。そうしたら僕に力負けした三郎のぎょっとした顔が見えた。すぐに三郎は腕で顔を隠したけれど、それ、お前意味ないよ。僕見てしまったもの。耳と首筋を真っ赤にしたお前の顔。顔は変装しているため赤いかは分からなかったが。それでも焦った顔と、耳と首筋がなんとも言えないくらい、いとおしくって。ついつい「すきだ」と口走りそうになる。
そんな顔されたら、期待してしまうじゃあないか、


「ばかっ」
「う、あ、…らいぞっ、」

でも臆病な僕と大馬鹿な三郎は自分の気持ちを確かめることなんてできなかった。
期待してしまう。無理だって思うのに。あんなの見せられたら。唇を噛んで、にやけるのを我慢するのに、肝心の口元は情けないくらいにゆるゆるだ。
言葉にするのはとてもできないから、だから言葉に、どうか大馬鹿の三郎にも伝わるように、僕は三郎の顔を覆っている手をやさしく掴んだ。


「…ばか」


これは恋だ。
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