多分この人はこどもだ。
いや、世間からすれば十四など片足を大人に突っ込んだだけの子どもだろう。ましてや十の自分などはガキ以外の何ものでもない。しかし、そうではなくて、僕が言いたいのは、この人は僕と同じ十のこどもでしかないと言うこと。
いつもへらへら笑っているのは暗い己を隠したいがため。いつも悪さをするのは居どころを確認するため。たまにやさしくするのは誰かに嫌われたくないため。ほうら、そこらへんの十のこどもと変わりゃしない。


「なんだ、浮かない顔して?考え事か?」


お茶を啜りながら鉢屋先輩がちらりと目線をこちらに向ける。肯定してしまえば何ともめんどくさいことは目に見えていたので、僕は間を持たせるために先輩と同じようにわざとお茶をすすった。――ああ、これはいいお茶だ。
お茶を口に入れた途端に、香りがふわりと鼻をいたずらにくすぐる。それがなんとも鉢屋先輩のようで素直に口からおいしいと言うのをなんだか躊躇してしまった。だって癪じゃあないか。


「若いうちの悩みはしといた方がいいぞー、とは言っても雷蔵のようなクセがついてしまえば厄介だが」


ぐりぐり。決してやさしいとは言えない手つきで鉢屋先輩は僕の頭を撫でた。いや、これは揺さぶったという方が正しいかも知れない。少し視界がぐわんぐわんする。もっとやさしくできないものだろうか。手加減できないほど人が見えてないクセに。これは絶対にわざとだ!
少し、ほんの少し上にある先輩の顔を見上げれば大人しい穏やかな顔をしていたので、刺のある言葉は無意識に唾液に混じって飲み込んでしまった。


「何を悩んでいるんだ?いい機会だから聞いてやろうじゃないか」


飲み込んでしまった刺のある言葉が喉の奥でじくじくと熱を持って暴れ回る。飲み込むんじゃなかった。
そんなに、大人ぶらいでほしい。僕と変わらないクセに。数字にしてもたった四歳だ。わざわざそれをどうだと言える義理など鉢屋先輩にはないはずだ。だから、そんなに、線引きをしないでほしい。


「別に。何もないですよ」


かわいくない。実にかわいくない返事だ。自分の言葉が耳について改めて後悔する。分かっているさ。本当は先輩と対等な立場にいたいだけで、それを変にこじつけているだけなんだと。鉢屋先輩のことを自分と変わらない十のこどもでいてもらいたいだけ。エゴなのだ。十のこどもの我が儘なのだ。それを僕は可愛くできない。無茶苦茶に引き回してこじらせる。嫌だなあ、こんな僕。
何となく気まずく思って、逃げるように自分の爪先を見る。小さな足の親指の爪はとても歪な形をしていた。
は組のみんなが今の僕を見たらどうするだろう。幻滅されちゃうかなあ。いやだなあ。
十のガキでもプライドはあるのだ。それも変なプライドが。特に僕には自分でもよく分からないプライドがあった。素直に物事をなんでも受け止められない。


「庄ちゃんったら冷静ね」


不意に耳に吹き抜けた声に反射的に顔を向けてしまった。そうすればいつものにやにやした鉢屋先輩が頬杖をついてこちらを見ていた。見透かされた。特になにかを言われたわけではないが、そんな気がした。
勝てない。それは分かっていたことだけれど再認識してしまった。
ぎこちなくだけれど、白旗を上げるように、笑えば鉢屋先輩の手がゆっくり伸びて、僕の頭を撫でてくれた。やっぱりこの人は本当の頭の撫で方を知っていた。言葉では言い表せない感情が包むようなそんな、撫で方。目を閉じて、それを耳でも目でも頭でもなく、感覚的に感じる。
これがずっと続けばいい。永遠に。


「さあて、学園長のおつかいも終わったことだ。早いとこ帰ろう」


…永遠などないと知っていたけど。


「…そうですね」


立ち上がった先輩に続くように僕も腰をあげる。もうすぐ日暮れだ。


「ほら」


そう言って差し出された手。よくわからなくて首を傾げると夕日に撫でられた先輩の頬がゆるりと持ち上がって笑顔が現れる。


「庄左ヱ門、手を繋ごう。こうすれば兄弟に見えるかな」
「絶対見えませんよ」


相変わらずかわいくない返事を返しながら大きな鉢屋先輩の手に自分の小さな手を重ねた。
ずいぶん高いところにある鉢屋先輩の表情は「そうかー?」ととぼけたような意地悪な顔だった。


「そうですよ」


兄弟などに見られてたまるか。そんな刺は言葉の裏に隠しておいた。
するりと鉢屋先輩の親指が僕の手のひらを撫でるのが何ともこそばくって、心地よかった。

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