口笛を吹くのはすきだった。周りの子は吹けない子が多かったから、少しだけ優越感を感じられたし、みんなにすごいと言われるのが何よりうれしかった。


「〜♪〜〜♪」


夜も近くなって周りが暗くなると学園内は灯りが灯される。暗がりの廊下は不気味な物で、こうして口笛を吹くようにしていた。だってこんな楽しい気分だったら、おばけも出てきにくい気がするから。僕は怖くないぞという気持ちも音程に乗せて吹く。


「お、なんだ、平太か」
「っ、け、食満先輩」


暗い庭の方から声をかけてきたのは同じ委員会の食満先輩だった。(一瞬、おばけかと悲鳴を上げそうになった)食満先輩は、さっきまで鍛練でもしていたのだろうか、額から流れる汗を手拭いで拭っていた。その姿はなんだか大人だった。それも当たり前だ。食満先輩はあと一年で学園を卒業して、戦の最前線で戦ったりするのだ。(きっと食満先輩ならその道を選ぶはず)だからこんなに大人びて見えるのも当たり前なのだ。


「さっきの口笛は平太か?」
「は、はい」
「上手いもんだなあ」


怒られるかと思っていたが、食満先輩は怒るなんてことはせずに、僕の頭を撫でてくれた。いつものあたたかい手がやさしく何度も僕の頭を行ったり来たり。くすぐったい感覚が心臓に伝わる。


「でも平太、夜に口笛吹くとおばけが出るぞ」


この言葉を僕は一生忘れないだろう。




「〜♪〜〜♪」
「あれ平太めずらしいねぇ」


真っ暗な庭を見つめていると、後ろに現れた伏木蔵がにやにやしながらそう言う。こんな夜に僕が廊下にいるのは珍しいだろうか?確かに下級生のときは夜になると極力外に出ないようにしていたけれど。上級生―― しかもこの学園で最高学年になれば(そう、あれから月日は流れて巡って、またあの日と同じような夜が現れた)、僕でも月見ぐらいするさ。最も、見ていたのは月ではないけれど。

「違うよ、そうじゃなくて、口笛。めずらしいね。夜はおばけが出るからもう吹かないって泣いてたのに」
「ああ、そっちか」


案外、伏木蔵も覚えているもんだなと思った。あの日を境に僕は口笛を吹くのをやめた。今思えば、からかわれていたのかしれないが、それでも当時の僕には怖かった。あの頃は自分より大きな物に守られていたから怖い物を怖いと言えた。最高学年になって、あの人と同じ年を重ねて、ようやく怖い物の本当の怖さを知ったのだった。怖い物を怖いと言えないことこそが、恐怖だ。だからもしかしたら、あの日のあの人も怯えていたのかもしれない。気づかなかっただけで、あの、あたたかなやさしい手は震えていたかもしれない。見えない未来の死に怯えていたかもしれない。
明日、僕もようやくあの人と同じ場所に立つ。そうしたら今度は僕があの人の恐怖を消し去ってやろう。
あの人がいつもしてくれたようにやさしく撫でてやろう。失礼かもしれないが、僕に甘いあの人なら笑って許してくれるはずだ。


「いつまでも子どもじゃないからね」


それは伏木蔵に言ったのか、それとも暗い庭の先の先にいる、あの人に言ったのか。夜の暗闇が飲み込んで、うやむやにした。

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