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 古い付き合いのある友人から頼まれて、酒を何本かとエナジードリンク、それからカロリーなメイトやらウィダーがインしてるゼリーを買って友人宅へ戻る途中、駅前のどデカい液晶モニターに映った人物と、流れ出した曲を聴いて、一瞬思考が停止する。

「うん??」

 それ地毛なのかと突っ込みたくなるピンクの髪と、男にしては高い歌声。キャピキャピ、という擬音が似合いそうなあざとさ全開の雰囲気だが、小柄な体と女子のような顔のおかげで全く違和感を与えない。
 近くで同じくモニターを見上げている女子二人が「かわい〜」と話していて、確かにこの感じはかっこいいというよりは可愛い寄りだよな、と思いつつポケットからスマホを取り出す。
 慣れた動作で番号を押し、耳に押し当て三コール。

『遅い』

 不機嫌そうな、低い男の声。目の前のモニターに映る彼のようなあざとさもキャピキャピっとした感じもない、よく聴き慣れた声である。
 そうそうこれこれ、とその声の低さに安心しつつ、ぶつぶつ文句を言い始めた友人をこれ以上放っておくと後から機嫌をとるのが大変なので、もうすぐ家に着くと伝えるために口を開いてーーしかし、気になることをそのままにしておくのは気持ち悪いので、確認のためにとある質問を投げかける。

「乱数クンさ、兄弟とかいたりする?」
『はあ?』





 よりによってこいつに、という苛立ちが抑えきれず、口に含んだロリポップをガリリと噛み砕いた。その音を聴いて、目の前の馬鹿が「イライラしてんの? カルシウム足りてる?」と能天気に訊いてくるのにまた腹が立つ。
 それをぶつけるように机を蹴れば、積み重ねられた資料やサンプルやペンが床に落ちて、余計な手間が増えたとさらに苛立ちが募った。

「ちょいちょい、乱数クンよお。それ片付けんの誰だと思ってんの? 君が片付けんなら良いけど、確実に俺だよね? 俺に任せるつもりだよね?」
「雑用以外でお前に存在価値はねえ」
「ちょっとー? 俺君のハウスキーパーとか召使いじゃないんじゃが?? 俺、君の、友人。オーケー?」
「ハッ」
「鼻で笑うのやめてぇ?」

 噛み砕いた甘ったるいロリポップの代わりに煙草を咥え火をつける。
 すると目の前の馬鹿ーー名前は、「あ! まーた煙草吸いやがって! ちょっとは禁煙しなさいって言ってるでしょー!」と、漫画かアニメにでも出てくる母親のような口調で乱数を叱りながら煙草を奪おうとしてくるため、その顔に向けて吸い込んだ紫煙を吐き出してやった。

「ぶえっ!? ゲフッ、おっま……!」
「ニコチンがなきゃやってられねえんだよ」
「ストレス発散方法なら他にも色々あるだろ! つーか人に煙を吹きかけんのやめろ! 副流煙が一番やべえんだぞ!」
「今更だろ」
「ええそうよ! あんたのおかげでアタシの肺はまっくろくろすけ!」

 非喫煙者なのに! と騒ぐ姿を見て、ほんの少しだけ苛立ちが薄れ、口元にも僅かに笑みが浮かぶ。
 それも次の名前の発言で引きつることになるのだが。

「ったく、みんなのアイドルとか言ってるくせに、イメージぶち壊しじゃんよ」
「……お前、それどこで聴いた」
「シブヤのでっけえモニターで堂々と流れてたわ。なに、いつの間にあんなことやってたん? 俺知らなかったんだけど。つーかなにあの声。お前地声ひっくいのにあんな声出んの?? そんであのキャラどうした? 二重人格??」
「……」
「あっっっつ!!」

 次々と投げられる質問に、せっかく治ったはずの苛々が復活し、黙れ、という意味で煙草の灰を手の甲に落としてやった。当然悲鳴が上がり、バタバタと手を振って床に灰を落としてから、ふーふーと息を吹きかけ冷まそうとする。
 そんなことしてないでキッチンで流水をかけるか、氷を当てればいいのに。
 そんな視線を向けると、「なに他人事みたいな顔してんの!? 下手人お前だからな!?」とまた騒ぎ出す。相変わらずうるせえ。

「俺気になったこと訊いただけじゃん!! 無言で灰落すとかサイコパスかよ!!」
「お前の存在意義は灰皿だろ?」
「そんなアイデンティティーあるか!!」
「口は災いの元って言うよな」
「それが理由!? え、なに、そんなに訊かれたくなかったことなんですこれ!? だとしたらごめんなさいね!! でも無言で人の手の甲を灰皿代わりにするのは良くねえことだとお兄さん思うな!!」
「うるせえ」
「誰のせいだと思ってんの!?」

 よくもまあここまで騒げるものだ、と感心半分、面倒くせえという気持ち半分でギャーギャー騒ぐ名前を見る。
 昔からなに一つ変わらない。人間は成長する生き物だというのに、こいつだけは何も。
 見た目は当然成長しているが、それだけ。図体ばかりがでかくなり、中身にまるで成長が見られない。……俺とは違うのに。
 だけど、だからこそ名前を側に置いている。

 乱数にとって、名前はある種の拠り所だった。

 何も知らない名前。
 無関係の名前。
 例え乱数が何をしていようとーー何者であろうと、名前だけは昔と変わらないまま、ずっと側にいてくれる。
 その無知さを愚かだと笑い、しかし、同時に酷く愛おしく思った。
 名前の前でだけは本当の飴村乱数に戻ることができる。
 偽る必要などなく、素の自分でいられた。

 だからこそ、ディビジョン代表の自分(女に都合のいい己)の姿など、見られたくなかったというのに。

 先程の電話を思い出し、眉間に皺が寄る。(……時間の問題だろうとは、思っていたが)これから先、ディビジョン代表として活躍する場はもっと広がる。かつてチームを組んでいた時と同等か、それ以上に。(あの時点でバレなかったのがむしろ奇跡か)テレビや雑誌に関心を向けない男だから、伝説のチームと呼ばれた「The Dirty Dawg」のことも、ディビジョン対抗のラップバトルのことだって知らない。乱数にとっては、それが都合が良かった。誤魔化す必要も、嘘を重ねる必要もない。しかし。

「……お前のせいで、俺は嘘つきになる」
「は? いきなりなに?」
「お前が何も知らない馬鹿でいてくれないからだ」
「何言いたいか分かんねえけど、とりあえず俺のことをめちゃくちゃ馬鹿にしてるってのは伝わってくる」
「馬鹿だろ、名前は」
「え、なに喧嘩? 喧嘩売られてる?」
「ばーか、ばーか」
「よーし、その喧嘩買ってやる。おら、表に出ろよ乱数クン」
「出るわけないじゃん、ばーーーか」
「馬鹿じゃないですぅー!」

 からかえば、煩いくらいの反応が返ってくる。いつも通りの名前だ。いつも通り、過ぎるくらい。(……気を遣わせてる)それがすぐに分かった。
 感情を剥き出しにして怒っているように見えて、乱数の様子が可笑しいことに気づいているから、敢えてそうしている。(気になってるくせに)乱数が訊かれたくない話題だと知ってから、その話題に意識が向かないようにしてくれてもいる。(そういうところが、)そういうところに救われて、だけど、苛々する。


「……対等でいたいのに」
「あ? なんか言った?」
「別に。耳まで馬鹿になった?」
「だからさあ……!」

 例え無理だとは分かっていても、何も知らないまま、今の飴村乱数だけを知っていて欲しかった。せめて、すべてが終わってしまうまでは。(だけど、バレた)バレてしまったから、もうおしまい。
 全く思い通りにならない世界が、改めて嫌いになった。