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 道路に飛び出した黒猫を追いかけた少女をバッと押しのけ飛び込んだ瞬間トラックにぶち当たって死んだ俺である。状況的にもしかして陽炎な日々が待ってるかなあとか、そしたら俺はどんな能力が手に入るんだろうとか色々期待してたのに、待ち受けていたのはここが地獄と言わんばかりの凄惨な日々であったとは。
 飯に毒を仕込まれるのは当たり前、一歩間違えれば即死の訓練に、文字通り次々消えていく兄弟家族友人知人。これは酷い。

 どうやら俺が生まれ変わったのは陽炎な日々が待つ終わらない世界ではなく、あっさり命を落として終わってしまう忍者の里であったらしい。もう一度言おう、これは酷い。

 一体前世でどんな悪行を積めばこんな生き地獄のような状況に生まれ変わってしまうのか。少なくとも最期は未来ある少女と黒猫の命を救うという善行を積んでいるはずなんだがそれはカウントされないの?? もしかして友人Aくんが楽しみにしていた期間限定プリンを勝手に食べちゃったのが悪かった?? ごめんねAくん、謝るから人生のリセットボタンをください。
 などと懇願しても、セーブデータなんて存在しない現実ではリセットボタンなど手に入るはずもなく、一番簡単に手に入るボタンは人生からのドロップアウトボタンである。此処だと普通に生活しててもちょっと油断すればあっさりボタンが押されちゃうよ、笑えないね。

 そんな生きるも地獄、諦めるも地獄な日常を強制的に送る羽目になったわけだが、しかしこんな生活の中にも希望はある。
 俺には目に入れても痛くない可愛い可愛い妹分が三人いるのだ。
 名前はそれぞれ雛鶴、まきを、須磨といって、美人で気立ても良く、おまけにくノ一としても大変優秀な俺の素晴らしく可愛い最高の妹分達である。
 いや本当えげつなく可愛いからな??
 マジで癒されるからな??
 血の繋がりは微塵もないが俺を「兄様」と呼んで慕うその姿を見るだけでゴリゴリに削られたSAN値は回復し、空は晴れ、太陽は微笑み、大地には草花が芽吹き、風は優しく頬を撫で、小鳥が囀り、世界は平和になる。それはもうハイパーウルトラグレート可愛い俺の生きる希望達なのだ。
 冗談抜きでこの三人がいるから俺はこんな地獄のなかでも生き残っているのだと言っても過言ではない。雛鶴とまきをと須磨がいなければ俺は早々にこの里を足抜けするか、とっくの昔に任務で命を落としていた。あいつらがいると思うからこんなクソみたいな里にも帰ってこなければと必死こいて任務をこなしているのだ。
 という話を本人達にすると、頬を染め恥ずかしそうにしながら「私達も兄様に会いたくて、褒めてほしいので頑張ってるんです」と嬉しさを抑えきれないと言った様子でにこにこ笑いながら言ってくるので本当に可愛い。こんな里に生まれていなけりゃ金貯めてどこかに家を買ってまとめて幸せにしてやりたいくらいだ。もちろん結婚という意味ではなく家族的な意味で。兄として妹分達を幸せにしてやりたい。
 いっそ足抜けでもしてやろうかと考えたことがないわけじゃないが、しかし三人を連れて無傷のまま誰一人欠けることなく足抜けするのはほぼほぼ不可能に近い。里を抜けるともなれば当然情報が漏洩しないよう、また裏切り者を処分するべく追っ手がかかるし、そうなった場合必ず何かしらの犠牲が出る。その犠牲が俺であれば良いのだが、万が一にも三人の内の誰かであったら意味がない。せめて後一人、それも実力がある人間の手を借りれたら良いのだが……この里の人間にそんな期待はできないだろう。
 なんせ頭領が白と言ったら鴉でも白だと言うような連中ばかりだ。別に頭領が極端に慕われているからではなく、そうなるよう幼い頃から躾けられているからなのだが。

 自分の感情や思考すら要らず、人形のようにただ命じられた事柄に淡々と従えと。
 鎖国が解け、文明が開化し、外からの技術が持ち込まれ始めたこのご時世、忍なんて廃れていくだけの家業を途絶えさせないようにと無茶苦茶な訓練と教育を課すこの里は、先の記憶を持つ俺からすれば歪で狂っているとしか思えないのだが、それを口にすれば俺ごときの命など簡単に消され、可愛い妹分達を守ることができなくなってしまうためお口にチャック。
 里を抜けられないのなら、せめて俺のできる範囲で妹達に辛い思いをさせないよう手を回すしかないのである。暗殺任務を俺が代わりに受けたりとかね。平成から令和の記憶があるせいで最初は抵抗があったけど、これもスーパーエクセレントデンジャラス可愛い妹分達のためだと思えば案外簡単に割り切れました。

 さてそんな妹分達なのだが、先程から言っている通り彼女達はとても美人で可愛く、更にはくノ一として大変優秀なのだ。
 そしてここで平成から令和の記憶を所持した俺が思うこの里のイカれポイントの内一つを説明するのだが、なんとこの里、優秀な忍には嫁を三人娶らせる風習があるのである。
 つまり一夫多妻制。
 昔は当たり前だった正室と側室の話ではなく、愛人やら妾というわけでもなく、一人の男が嫁を三人娶るという構図。
 現代日本じゃ考えられねえ話だが、優秀な遺伝子を残すために里側が相性やら才能やら実力やらを踏まえた上で選出され、一定の年齢になると一人の男に対して三人の嫁が与えられる。当然そこに本人達の意思はなく、拒否権なども与えられない。な? 狂ってるだろ?
 そして何度も言っている通り、目に入れても痛くねえスーパーウルトラハイパーエクセレント可愛い俺の妹分達は、里のくノ一の中でもトップクラスに優秀なくノ一でして。

 つまりどういうことかと言うと、俺の命よりも大事で可愛くて守らなければならない愛しい妹分達が、次期頭領にと期待される現頭領の息子の嫁に選ばれたのである。しかも三人とも。

 よろしい、ならば戦争だ。
 となるのも無理はなくないか?

 いやもちろんしないけどな? 下手なことして三人に危害が及んだら俺は死んでも死にきれねえし、阿鼻地獄で無限に渡る苦痛を与えられても足りないほどに自分が許せなくなる。
 それに雛鶴達曰く、旦那となる現頭領の息子である宇髄天元様はとてもお優しいらしい。天元様の弟君は生き写しかと思うほど頭領に言動がそっくりなのだが、次期頭領と噂される天元様はそんなことがなく、一緒の任務になった際はこちらに気を使ってくれたり、危険が迫った時に庇ってくれたこともあるのだとか。
 言われてみれば確かに天元様は他のご兄弟や里の人間とはどこか違う雰囲気を纏っていらっしゃる。何度か一緒の任務に当たったことがあるが、与えられた任務はこなすものの、どこか戸惑いがあるというか、苦しさのようなものを感じたのを思い出す。
 分かりやすく言うなら人間らしさが残っているのだ。次期頭領にと育てられたお方なら弟君のようになっても可笑しくないだろうに、天元様にはまだ人としての心が残っているようだった。
 だから俺もつい里の人間に接する時とは違う、雛鶴達を相手にするような接し方をしてしまったのだがーーその話は関係がないから今は置いておこう。

 ともかく次期頭領と名高い天元様の嫁に選ばれた我が愛しの妹分達の話だ。
 里側から話がきたその日の夜、俺の元に集まった三人の顔を見ながら一応形だけの祝いの言葉を伝えた後、俺はこっちが本題だと言わんばかりの真剣な面持ちで「いいか、泣かされたり傷つくようなことがあればすぐに俺に言うんだぞ。頭領の息子だろうが関係ねえ、お前ら三人を連れて足抜けしてやるからな」と告げた。
 当然三人は驚いたように目を見開き、すぐに心配そうな、不安そうな顔をしたが、「天元様を信頼してないわけじゃねえが、万が一ということもある。俺はお前らが幸せでいてくれたらそれで良いんだ。そのためにできることなら何でもやる。だから遠慮しないで、助けを求める時は言ってくれ。俺はいつだったお前達の味方だからな」と告げると、三人はお互いに顔を見合わせ、それからふにゃりと笑って「ありがとうございます、兄様」と抱きついてきた。

「本当は少しだけ不安だったのですが、兄様の言葉で気が楽になりました」
「そのお言葉だけで十分です」
「結婚しても、兄様に毎日会いにきますね!」

 にこにこ嬉しそうに笑う妹分達が可愛くて今日も生きるのが楽しい。いやこの生活に楽しさなんて微塵もないが、三人が笑っているだけで俺はこんなクソみたいな人生でも光が見出せるのである。

 この笑顔が途絶えるなんて、絶対にあってはいけない。





「ーーというわけで、失礼ながらお呼び立ていたしました」
「どういうわけだよ」

 三人を返した後、使い鳥に手紙を持たせて呼び出したのは件の天元様である。
 本来一介の忍である俺が頭領の息子である天元様を手紙一つでお呼びするなど不敬以外の何者でもなく、このことが頭領や里の人間に知られたらそれなりに厳しい折檻が待ち受けているのだが、前述したように天元様は少し変わったお方であるため、このように呼び出したとしても何も文句は言わない。
 というか、実を言うと俺と天元様がこうして深夜に会うのは今回が初めてではないのだ。
 初めて一緒に任務をして以降、俺の何が天元様のツボをついたのか、天元様は度々俺に話しかけてくるようになった。しかもど深夜にわざわざ我が家までやって来て。頻度はそう多くはないのだが、俺が任務でいない時でも家の側にある木の上に座って待っていて、最悪そのまま一夜を明かすこともある。
 俺が呼んでいるわけではないのだが、側から見れば次期頭領を呼び出した挙句外に放置している不敬者だ。
 勘違いから余計な顰蹙を買って里側から目をつけられたくないため、何か話がある時は使い鳥に手紙を預けて呼ぶか、こちらに場合はあらかじめ連絡をくださいと伝えたのが随分前のこと。
 それ以来度々深夜にこっそり会ってたわいない話をするのが続いている。一度何故深夜に限定するのかと訊いてところ、昼間だと人目があり、面倒なことになりそうだから避けていると言っていた。
 確かに次期頭領が頻繁に話しかける人間ってだけで嫌な方向に目立ちそうだし、頭領も不必要な会話をするなと物理的に注意を促してきそうだ。
 なので天元様とお会いして話をするのは深夜から明け方に限定していた。

 閑話休題。

 我が家の縁側に並んで座る俺と天元様。俺が呼び出したのが珍しいからか、天元様は少しそわそわと落ち着かない様子で隣に座っている。いつもは天元様から使い鳥が飛ばされ、話がしたいと一言手紙が来て深夜に会うから、確かに慣れないシチュエーションだ。

「あんたから呼び出すなんて珍しいな。何かあったか?」
「はい。天元様にお伝えしなければならないことがありまして」
「伝えること?」

 何かあっただろうか、と不思議そうにする天元様に、早速呼び出した理由となる話題を切り出す。

「天元様の嫁となる三人のくノ一のことです」

 その瞬間、天元様の顔から表情が抜け落ちた。そうするとなまじ顔立ちが整っている分よくできた人形のように思えて、実はほんの少し不気味だったりもするのだが、わざわざ言う必要もないことなのでその感想は飲み込んで。代わりに淡々と話を続けた。

「あいつらは俺の可愛い可愛い妹分です。それはもう目に入れても痛くないほどに可愛がっております」
「……まあ、見てたら分かるわな」
「ええ、ですので一つご忠告を、と」
「忠告?」

 何を言い出すんだ、と片眉を上げて俺を見る天元様に、口元だけはにっこりと笑みを返した。

「三人のことを泣かせてみろ、確実に息の根を止めてやるからな」
「は、?」

 何を言われたのかすぐに理解できなかったのか、ぱちぱちと目を瞬かせる天元様は案外幼く見える。いつもは何を言われても最低限の敬語は外さないから、聴き慣れない口調に驚いて脳への伝達が遅れているのかもしれない。まあそんなことは気にせず話を続けさせてもらうのだが。
 
「俺の知らねえところで泣かせても同じだぞ。地の果てまで追いかけてぶち殺す。頭領の息子だろうが関係ねえ、里を敵に回そうがどうでも良い、俺の大事な大事な妹分を少しでも悲しませたのなら、その瞬間がテメェの命日だ」

 不敬だとか、命知らずな言動だとか、そんなことはどうでも良い。
 俺にとって命よりも大事なのは妹分達の命であり、幸せであり、何よりも優先すべきは三人の笑顔が失われないこと。
 そのためなら俺は何だってしてやる。
 誰かの幸福の裏には誰かの不幸がある。無条件の幸福なんてこの世には存在しなくて、犠牲を払わなければ何かを得ることもない。
 そしてあの三人が幸福を得るために、笑顔でいるために犠牲が必要なら、俺が払ってやれば良い。
 これはそのための宣言だ。
 そしてひとつの賭けでもある。
 いくらお優しい天元様であろうと、本来ならずっと立場が下の男にこのようなことを言われれば腹が立つだろう。
 謀反だと、頭領に報告するかもしれない。
 しかし天元様ならば、と思う俺がいて。
 もしもこの不敬極まりない言葉すらも許してくれるのならば、俺は安心して妹分達を任せられると、勝手ながら思っていたのだ。

 思っていた、のだが。


「……何だ、そんなことか」

 暫しの沈黙の後、思ったよりも軽い調子で吐き出された言葉に、本気で捉えられていないのかと眉間に皺が寄る。

「そんなこと、とは失礼ですね。俺は本気ですよ」
「本気だってのは目を見りゃあ分かる。そんでもってその言葉を受けた上で俺から言えるのは、そんなに気になるなら側で見守っていれば良いってことだけだ」

 どうせ俺の旦那になるんだから、と天元様は呆れたように言った。

 ……。
 ……。
 ……。

 …………うん?

「あの、天元様?」
「なんだ」
「今、何と仰いました?」
「そんなに気になるなら側で見守っていれば良い」
「その後です」
「どうせ俺の旦那になるんだから」
「ちょっと待ってください??」

 平然と繰り返された言葉にひくり、と頬が引き攣る。
 旦那ってなんだ。なんのことだ。
 「俺が旦那になる」じゃなくて「俺の旦那になる」?
 言い間違いじゃないのだとしたら、一体何の、誰の話をしている?
 混乱する俺を見透かしたように、「あいつら三人は俺の嫁になるが、あんたは俺の旦那になるんだ。そうすりゃ一緒に暮らすことになるんだし、あいつらが泣いてないか確認するのなんて簡単だろ」と更にド派手な爆弾発言をかましてくる天元様。
 いや、あの、これ以上混乱させないでくれます??

「何がどうしてそんな話になったのかまったく分からないのですが……?」

 ズキズキ痛み始めたこめかみに手を当て、おそるおそる様子を伺うように訊けば、天元様は何か可笑しなことでも言ったかと言うような顔で「俺があんたを欲しいと思ったから」と仰る。

「言い方が悪かったか? ならあれだ、雛鶴とまきをと須磨の三人は俺の嫁になるが、その俺はあんたに嫁ぐ」
「いや余計混乱するんですが??」

 目に入れても痛くない可愛い妹分達の旦那になる人間が最終的に俺に嫁ぐ??
 どんな構図だそれ、訳分かんねえよ。

「あんたは嫁を娶る気はないんだろ?」
「それは、まあ」

 確かに嫁を娶る気はない。
 この里の中ではそれなりに優秀な方だから里側から嫁を娶れと言われているが、俺が優先するのは妹分の三人だし、それ以上は自分の手で守り切れる自信がないから断っている。
 本来なら里側で選ばれた嫁を娶ることは強制だが、俺の場合は雛鶴達がいるから嫁はいらない、強制するようなら任務のやる気と効率に直結するぞと脅しをかけている。
 無論それが無理矢理でも通るのは俺がそれだけの成果を上げてきたから。普通は反抗的な言動をとった段階で処罰を受けるか、里にとって必要ないと判断される程度の実力なら不穏分子としてあっさり処分されている。
 とはいえ、最近は凄惨極まる訓練や任務のせいで里の人間も減ってきて、産めよ増やせよという空気が強くなってきているせいで、俺にも嫁を娶り子を作れと話が回ってくるのだが。

「なら俺が嫁げば派手に解決じゃねえか」
「何も解決しませんし、むしろ新たな問題が浮上してますよね?」

 次期頭領を娶るとか、命知らずにも程があるだろう。それとも一応天元様も嫁を娶っているから後継ぎに関しては心配いらないし、問題ないと見做されるのか……?
 ーーいやンな訳あるか。大問題だわ。
 混乱しすぎてよく分からない結論を出しかけた思考回路を強制シャットダウンして切り替える。
 何を血迷っているのかは知らないが、とにかく天元様を説得して、妙な方向に行きかけている軌道を修正しなければ。

 ズキズキ痛みが増してきた頭を押さえながらそう決意したーーのだが。

 この後、いくら説得しても聞く耳を持たない天元様に最終的に「大事な妹分達の旦那とンな関係になれるわけないでしょ」と言って断固として拒否する姿勢を貫こうとしたが、その前にどこからともなく現れた妹分達が「兄様ぁ! 天元様とご結婚なさるんですよねっ!」と走り寄って来て、「これで兄様と本当の家族になれるんですね!」「私達嬉しいです!」「これでいつも一緒ですよ!」とキラキラ輝く眼差しを向けてきたせいで何も言えなくなったし、それを見た天元様がニヤニヤ笑いながら「というわけだ。これから派手に、末永くよろしく頼むぜ、旦那様」と腕に抱きついてきて、余計に頭痛が増した。

 この男、俺が断れないよう外堀から埋めてきやがった。