まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり

やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり

わがこゝろなきためいきの
その髪の毛にかゝるとき
たのしき恋の盃を
君が情に酌みしかな

林檎畑の樹の下に
おのづからなる細道は
誰が踏みそめしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ




その歌は、随分と古びた紙に書かれていた。だが、保存状態はよく、綺麗な状態ではある。

「おや・・・懐かしいのが・・・」

慈琅は自分の書斎を片付けているとき、引き出しの奥にしまった、その紙を取出し、読み返す。
それにはところどころインクが滲んだような形跡を見せ、書いた者の思いを表している。

「どうしたの父さん」
「壱楼・・・?」

慈琅の息子である壱楼が、廊下から顔を覗かせ慈琅に声をかける。

「・・・懐かしいものが、出てきて、ね」
「手紙・・・?」

ある男に渡された、一通の手紙。
送り主は、去年この世をたった。
その事を思い返す慈琅の笑みは、悲しみを堪えている様にも見える。

「時間は残酷だよ。残したくても、残せない」

この手紙も、当時は真新しい白く桜の薫りを込めた手紙だった。
だが、今は薫りの一つもしない。

「なのに、なんでこうも」
悲しみは残るのか
慈琅の言葉は小さく、壱楼には聞き取れなかったが、聞き返してはいけない気がした。
慈琅はまたその文を引き出しの奥にしまい、鍵をかけた。



***


「まだあげ初めし前髪のー・・・」
「どうした・・・文学に目醒めたか」
「昔父さんが友達に送られた歌だと。意味はわからないけどな」
「友達って・・・男?」
「あぁ、去年亡くなったって・・・」

この事を語る父の姿は見たことがないくらい真剣で、微かな声で「壱楼」と俺の名を呼んだ。

「お前は、後悔しないように生きろ。離して初めて後悔したんじゃ遅い・・・」

俺の父は実年齢に比べると若く、割と整った顔立ちを温暖な笑みで常に緩めていた。だが、目の前の父はまるで別人だ。こんな、くるしそうに顔を歪めた顔をこれまで見たことが無い。
「・・・わかっ、た」
言葉のレパートリーが少ない俺はこう発するしかできない。

「俺の父さんがあぁなるの珍しいから、余計なんか気になって」
「ふーん・・・」

あの歌を検索しても意味まではわからなかった携帯の輪郭を指先でなぞると授業の開始時間をつげるチャイムが鳴った。


*


「おい、壱楼」
「あ、宍道、珍しく遅いな。」
「色々あった」

優等生で通っている宍道は普段開始10分前には席に着いている。
いつも左か右側の端で、俺の席を取ってくれているらしく、宍道の左側にはいつも鞄が置いてあった。
今日もいると思っていたから探してもいなくて珍しいと思っていたら約5分前に入ってきて、いつもと違う俺の左隣の席に宍道は腰をおろす。

「ん」
「・・・うん?」

宍道が俺に真っ白い、何の変哲もない封筒を俺に寄越した。
え、なに・・・呪いの手紙?

「やる」
「見たら呪われたりしない?まだこの世で俺を待っている迷える小羊が・・・」
「いねぇだろそんなの。呪われたりしないし、いいから受け取れ」

手紙を開くと先日俺が話したあの歌が書いてあった。

「はぁ・・・?」







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