好きだなんて、とんでもない





「はぁーっ・・・・・・」



寺田屋の玄関先で拭き掃除をしていた私は、せかせかと動かしていた手を止めて大きな溜息を吐いた。
未だに元いた世界へと戻る術を見つけられず、お世話になりっぱなしの此処で私が出来る事といえば、掃除や簡単な雑用を手伝うくらいで。
それは、ただ何でもいいから役に立ちたいって一心だったわけではなくて、無心に身体を動かしていれば余計な事を考えて落ち込んだりしなくて済むから・・・だったんだけど。
最近、その効力も薄まっている事に気付く。
あの人に会えない日々は、どこか味気無く、淡々と過ぎていく。
最後に顔を見たのはもう何日前だっけ・・・。
傍に置いていた水桶に雑巾を浸して、ゆらゆらと揺らしながら頭に思い浮かべた人は、私が此処に来てから数える程しか顔を合わせていないのに、あの強烈な印象故か・・・私の心の中にでーんと大きな顔して居座っている気がする。

(私、どうしちゃったんだろう・・・)

考えなきゃならない事は他にいくらでもあるくせに、よりによって、何であんな嫌味な人の顔ばかりが浮かぶのか・・・。
まさか、私、あの人のコト、す・・・・・・



「あー、やだやだ!止め止め!」



バシャバシャと雑巾を洗いながら水桶の中の水面をわざと大きく揺らして、手元を見つめながら巡らせていた思考を無理やり断ち切って。
ギュっと絞った雑巾を手に立ち上がろうと顔を上げた、その時。



「掃除は終わったのか」


「・・・っ!!?」



吃驚しすぎて声にならなかった。
私が顔を上げた、目の前に。
たった今、頭に思い浮かべていた人物が涼しげな顔をして(冷ややかな視線を向けて)佇んでいたからだ。



「その間抜けに開いた口をどうにかしろ」


「・・・お、大久保さん!?」


「見れば分かるだろう、大声で叫ぶな」



さも面倒そうに顔を顰める。
この偉そうな態度をとられると、以前はふつふつと湧いてきた苛立ちも今日に限っては形を成さない。
それどころか、何故か浮き立つ心が顔にまで表れそうだ。

(え?え?私、今、大久保さんに会えて、喜んじゃってる!?)



「な、なんで、此処、え、用事が、何!?」



思いっきり動揺している心の中を取り繕うように言葉を探すけれど、出てくるのは陳腐な言葉の羅列でしかない。



「暫く会わぬ内に脳みそが退化したようだな。他人に何か伝えようと思うのならば、まずは己の思いつくままに口に出す癖を直せ」


「・・・・・・っ!」


「どうやら喋り方を忘れる程に私と会えて嬉しいらしいが、残念だったな、小娘。私はお前で遊びに来た訳ではない。坂本君はいるか」


「・・・・・・っ!」


「私を呼びつけておいて、不在という事は無かろう。小娘、先に立って案内しろ」



や、やっぱり、この人、物凄ーーくムカつくよ!
こんな人にちょっとでも、自分が好意を持ってるかも・・・とか考えちゃった自分がもう有り得ない!!
・・・たった今、そんな風に腹を立てたくせに。



「小娘!何をボケッとしている」



呆れたような大久保さんの声で我に返って。
無駄のない所作で履物を脱ぐ彼に、目を奪われていたコトに気付かされた。



「な、なんでもないです!こっちです!」



慌てて前に立って、龍馬さんの部屋まで案内する。
階段を登ると軋む床音が2人分。
重なるようで重ならない音が、会話のない2人の間で響いて私の緊張を高めている気がする。
部屋の前で声を掛けてから障子を開けると、中で何か書き物をしていたらしい龍馬さんが手を止めて此方を振り返った。



「大久保さん、わざわざ出向いて貰うてすまんかったの。直ぐに出来るから待っとおせ」


「全く、私の貴重な時間を割いてきてやっているというのに、此の上待たせるつもりか」


「あっはっは、すまんのう。まっこと、直じゃ」


「まあ、いい。話もある故、書きながら聞け」


「大久保さんの要求はまっこと厳しいぜよー」


「ふん・・・ああ、小娘」



部屋に入っていった大久保さんと龍馬さんの会話を聞きながら、名残惜しいような・・・いやそんな馬鹿な・・・って突っ込み入れたくなる様な複雑な気持ちになって。
その背中をじっと見つめていると、不意に振り返った大久保さんに呼びかけられてドキンとする。



「え、あ、スミマセン!私がいると、お話出来ませんよね!」


「待て」


「・・・え?」


「大して時間はかからぬ。この菓子に合う旨い茶を用意して待っていろ」



差し出された包みは、以前大久保さんが私にお団子をご馳走してくれた店のモノだと、一目で分かった。
知らない事だらけのこの世界でも自分の知っているモノがある・・・その思い出を彼と共有している。
ただそれだけの事なのに、口元が緩みそうになるのは何故だろう。



「分かったなら返事をしろ」


「は、はい!」



私が返事をした途端、不機嫌そのものだった表情が、ほんの一瞬、優しい温もりさえ感じられるような微笑に変わった。

(・・・・・・っ!)

その表情を隠すみたいに、すぐに背を向けられてしまったけれど・・・。
龍馬さんとの話が終わったらすぐに帰るって訳じゃないんだ・・・そう思うと、胸の辺りを擽られているような感じがして落ち着かない。
浮き立つ心を抑え込むように、緩みそうになる口元を両手で覆って私は階下へ降りた。











でも、嫌い、ではない、かな、なんて。



「おい、小娘。私が好むのは渋い茶だと言ってあっただろう」


「し、知ってますよ!だから渋いの淹れてきたんじゃないですか!」


「まだまだ渋味が足りん。今すぐ淹れなおして来い」


「・・・・・・っ!」



(こんな口煩い姑みたいな人!やっぱり、絶対、好きなんかじゃないっ!!)




110720
130113/加筆修正




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