夏の夜、焼き付いた光





「以蔵、開けてもいい?」



宵の口、自室にいると、障子越しに俺の名を呼ぶハルの声が聞こえた。
障子を開けて姿を現したハルは涼しげな色の浴衣を着ていて、見慣れぬ姿に目を見張る。
昼間見かけた時には、こんな格好では無かった筈だ。
突然の事に驚いていると、一瞬の隙にハルに背後に回りこまれ『早く、早く!』とどこか浮かれたようなハルの声に急かされて、俺は訳も分からぬまま宿の庭へと連れて行かれた。

庭には既に龍馬や慎太、先生までもが集まっていた。
何やら始めようとしていた様子の奴らが振り返ったかと思うと、声を揃えて「遅い」と一喝される。
先生にまで厳しい口調で言われたもので、思わず「すみません!」と謝ってしまったが・・・何故、此処に連れて来られたのかも分からない状態で、遅いもなにもないと思う。



「・・・一体、何事だ・・・?」


「ほらほら、以蔵!そんなとこ突っ立ってないで、みんなのトコに行こう!?」



庭先に、呆然と立ち尽くしていた俺の背中をグイグイと押して進むハル。
皆に近付くと、池の端で龍馬たちが囲むようにして座り込んでいた中央に蝋燭の火がチラチラと揺れて見える。



「・・・?」



その小さく揺れる炎に、何の意味があるのか分からず、思わず眉を顰めると。



「ほいたら全員揃うたことじゃし、始めるとするかの」


「はいっ!」


「姉さん、張り切ってるっスね」


「そりゃもう!だって綺麗だし、大好きなんだもん!」


「ふふ。可愛らしい浴衣姿のハルさんとすれば、より趣を感じられそうだね」


「えへへ、ありがとうございます」


「まっこと良う似合うちょる」


「簪もいつもと違って、可愛いっスね」


「女将さんが、浴衣と合わせて貸してくれたんだ」



状況の理解出来ていない俺をそっちのけで進んでいく会話を聞くとも無く聞いていると、皆の真ん中でニコニコと笑っていたハルが不意に此方に視線を向けてきた。



「・・・ど、どうかな、以蔵?」


「・・・・・・・・・っ!?」



ハルがおずおずと口にした台詞に、思わず目を見張る。
ど、どうか、とは、どういう意味だ。
・・・いや、意味は分かる。
会話の流れから判断すれば、きっとハルが求めているのは他の奴らが口にしたのと同じような賛辞であろう、と理解は出来る。
・・・だが。
剣を振るう、それだけを一心にこれまで生きてきた俺は、こんな時にスラスラと口に出せるような褒言葉など持ち合わせてはいない。
いや、仮に持ち合わせていたとして、こんな・・・他の奴らの視線も全部が俺に突き刺さっているような状況で、一体どんな顔をして言えるというのか。



「・・・よ、夜目で、よく見えん!」



グルグルと考えを巡らせた結果として、出てきた台詞は全く気の利かない一言。
一気に落胆したハルの顔が夜目にもハッキリと覗える。
しまった・・・・・・と悔やんでも、今更訂正する事も出来ない。
俯いてしまったハルにかける言葉も浮かばない俺に、他の3人の呆れた視線が突き刺さる。



「ほんに、以蔵は照れ屋じゃのう」


「・・・っうるさい!」



龍馬の追い討ちのような一言に陳腐な反応しか返せず、居たたまれなくなった俺は皆に背を向けて歩き出す。



「姉さん、気にする必要ないっスよ」


「さぁハルさん、不肖の弟子は放っておいて楽しみましょう」


「・・・あ、えっと、・・・はい・・・」



背後で、最後に聞こえたハルの哀しげな声が、耳の奥に貼り付いて消えなくなる。
俺がこの場から居なくなるのが寂しい・・・そんな風に響いたのは、俺の耳が都合良く出来ている所為に違いない。
そうは思うものの自室には戻れず、結局縁側に腰掛けて皆の様子を眺めている自分がいた。

今宵突然庭に連れ出された理由は、龍馬がハルへと買ってきた線香花火で、ハルの『折角だから全員でやりましょう!』との提案で皆が集められたらしい。
お節介な慎太が、そそくさと俺に近づいて来たかと思うと、そう説明してくれた。
俺の視線の先では、ハルを間に挟んで先生と龍馬の3人が時折笑い声を上げながら花火をしている姿がある。
小さな火の玉と細かい火花が飛び散っては消えていく様子をぼんやりと見つめていると、隣に座っていた慎太が口を開いた。



「さっき部屋に以蔵君を迎えに行く時、おれが行こうとしたんスけど・・・」


「・・・・・・・・・」


「姉さん、『以蔵もきっと喜んでくれる』って、『私が呼んで来る!』ってめちゃめちゃ嬉しそうにしてたっス」


「・・・・・・・・・」



そんな事を聞かされても、先刻しでかした己の無粋な行動は今更どうする事も出来ない。
思わず黙り込んでしまった俺の目の前に、不意に慎太の手が差し出された。



「はい、コレ」


「・・・・・・なんだ、コレは」


「線香花火っスよ。龍馬さんにバレないようにくすねて来たっス」


「・・・・・・な」


「龍馬さんも武市さんも既にお酒入ってるっスから気付かれると面倒なんで、くれぐれも見つからない様に・・・向こうに残ってるのが終わったら先に皆連れて中に入るんで、姉さんと以蔵君の2人でやるっスよ」



何の為に・・・と俺が聞くよりも先に、早口でまくし立てた慎太に押し付けるように手渡された数本の線香花火。
初めて手にしたソレは、『やるっスよ』と言われても、何をどうすれば良いのやら俺には想像のつかない代物だ。
だが、花火のやり方なんかよりも、『姉さんと2人で』との指定の方が、俺を動揺させていた事は言うまでも無く・・・・・・。



「・・・以蔵?」


「・・・・・・っ!?」



名前を呼ばれている事に気付いてハッとして顔を上げれば、慎太の舌先三寸で丸め込まれたのか・・・龍馬も先生の姿も庭から消えていて。
いつの間にか、目の前には心配そうに俺の顔を覗き込む、浴衣姿のハルがいた。



「・・・・・・・・・っ」


「・・・以蔵?」


「・・・あ、」


「・・・どうしたの?」



驚いて咄嗟に花火を握った手を背中に回し、腰掛けていた縁側から立ち上がると、ハルが不思議そうな目で見上げてくる。



「・・・中、入らないの?」


「・・・あ、ああ、」



俺の頭には、褒言葉はおろか、『あ』以外の文字が抜け落ちてしまったかのようだ。
こんな風にしている間も、視線はハルの浴衣姿に釘付けになっているくせに。



「・・・・・・じゃ、じゃあ!私も、もう少し、ここにいようかな!」


「・・・・・・・・・」



必要以上に大きな声で宣言したハルは、縁側の俺が腰掛けていた場所を空けてちょこんと座ると、突っ立ったままの俺を見上げてきた。
・・・こ、これは、隣に座れ、という事だろうか。
俺はハルの一連の動きを黙ったままじっと凝視してしまう。
ハルはそんな俺を一瞬見つめた後、気まずそうにゆっくりと視線を外しそのまま俯いてしまった。



「・・・・・・や、やっぱり、邪魔っ、かな!私、部屋に戻・・・っ」


「・・・・・・っ!」



再び立ち上がろうとしたハルの手首を咄嗟に掴んだ、その手に握っていた線香花火がバラバラと足元に散らばる。
それさえ気付かぬほどに、細くて折れてしまいそうな手首だとか纏め上げた綺麗な髪から下がった後れ毛だとかに心を奪われて息を呑んだ。



「・・・・・・以蔵、何か、落とした?」



その声に、ハッと我に返ると。
俺に掴まれた腕をそのままに、ハルがその場にしゃがみ込んでいた。



「あ!いや、お前は拾わんで良い・・・っ」



俺が上げた制止の声は時遅し・・・。
ハルは反対の手で自分の足元に落ちていたモノを摘むと目線まで持ち上げて、ぱちぱちと大きな瞳を瞬かせた。



「・・・以蔵、これ・・・」


「そ、それは、その、さっき慎太が無理矢理・・・!」


「・・・・・・」


「じゃ、なくて、だな」


「・・・・・・?」



じっと俺の目を見つめてくるハルの瞳は無垢そのものだ。
きっと、俺の心臓がどくんどくんと騒がしくなっている事にも気付いていない。



「・・・お、お前も、まだ此処にいるのなら、付き合え」


「・・・う、うん!」



俺がどうにか呟いた誘い文句は我ながら無愛想に響いたけれど、ハルをこの場に留める事には成功したようだ。
いや、それどころか、たった今ハルが見せてくれた笑顔は、俺の誘いを待ち侘びていたのではないか、と勘違いしてしまいそうなくらい嬉しそうで・・・・・・












それは線香花火の火花と、浴衣姿の彼女の笑顔。





「ねぇ以蔵、どっちが長く落とさずにいられるか、2人で競争しよっか!?」


「・・・あ、ああ」


「負けた方が、勝った方の言う事を何でも一つきく、っていうのはどう!?」


「・・・あ、ああ」


「・・・以蔵?」


「・・・あ、ああ?」


「早く早く!いっせーの、で火を点けるんだよ?」


「・・・あ、ああ!」


「いくよ?・・・いっせーの!」


「・・・・・・」


「・・・ああっ!以蔵!逆!逆!持ち方、逆っ!!」


「っ!??」






110719
130124/加筆修正



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