僕が携帯電話を買ってもらったのは、中学一年生の時。
初めて手にした自分専用の通信機っていうのは、なんだかスパイになった気分でどきどきした。小学生のときに作って、今じゃあ合言葉も忘れてしまった秘密基地を思い出した。
無意味にぱかぱかと、二つ折りのボディを開け閉めしたりして笑った。これは僕の、僕のケイタイデンワ。これを通じて、ほぼ世界中の人たちとコミュニケートできるんだと思うと、僕は目頭がじんと熱くなった。すごい、すごい、まるで、僕は宇宙をてにいれたみたいだった。

(僕の宇宙がつまってる)

それから僕は、頻繁に鳴るわけでもない携帯電話を大事に大事に持ち歩いた。輝く画面が空のようで、ボタンの点滅は星のまばたきのようで、それはそれはすてきにおもえた。
僕の空想はたのしかった。手のひらの宇宙は、僕の知らない誰かと繋がっている。僕がボタンを押しさえすれば、誰かに繋がるんだ。

僕の空想は、高校生になっても続いた。それなりに友達ができてそれなりに勉強をしてそれなりに遊んだ僕は、携帯電話に触れる時間こそ少なくなったが、いつだってこの小さな宇宙をあいしていた。
インターネットに繋がる行為ではなく、電話をかける行為でもなく、メールを送信する行為でもなく、僕は携帯電話というもの自体をあいしていたのだ。それは周りにとっては酷く理解しがたい感情だ、と、僕自信理解していた。だから、誰にだって言うことはなかった。

(することがすごいのではなく、できることがすごいのだ。いつだってできるけれど、いつだってできないのがすごいのだ。意思次第でこれは友にもなるが立派な凶器にもなる)

誰にも話したことがなかったからこそ、僕は自由に空想ができたんだ。それに気がついたのは、高校三年生になってからだった。

「君さ、携帯電話に宇宙を飼ってるでしょ」

え。僕は、突然クラスメイトの女の子にそう言われた。
見透かされた、とは思わなかった。飼ってるという表現にただ単純に感心した。なるほど、僕は宇宙を飼っているのかもしれない。飼い慣らした気分になっているんだ。

「飼い慣らした気分に浸ってるでしょう」
「なんでわかるの?」
「君の目に、宇宙が焼き付いてる」

彼女は机に腰かけて自分の髪の毛をいじりながら、なんてことのないような口調で言った。どこか遠くを見ながら、宙をぱたぱたと足が揺れていた。

「もう、携帯電話のなかに、宇宙なんていないよ」

彼女は僕にそういい放つ。僕は黙ってそれを聞いていた。
彼女の目が、一瞬だけ僕を見た。そして僕は、彼女の目のなかに宇宙を発見する。彼女が僕の目に宇宙を見つけたように。
きれいだった、とてもきれいだった。

「そうみたいだね」

きらきらと、放課後の夕日に照らされていた彼女は、酷く不可思議に見えた。
僕は、空っぽになった携帯電話を思う。携帯電話の飼い主を卒業する時が来たなあと、まぶたの裏に焼き付いた宇宙を思った。






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