「昨日、東京タワーを見に行きました」
ふうん。そうか。よかったね。 俺はあんまり関心がなくて、生返事の言葉を舌先で転がした。 言葉は白い息と一緒にふわふわと朝の風に揺れて凍える。ハヤトは表情筋を滑らかに動かして笑った。
「きれいでしたよ」
首をすくめてマフラーに埋まりながら、彼は言った。自称寒がりなハヤトは、冬服と一緒に白いマフラーを巻いていた。前にスケボーで登校してた時はそんなことはなかったのに、と指摘すると彼は笑っていた。あなたを好きになってから寒がりなんです、と嘯いて笑っていた。
「ってか、なんでスカイツリーを見に行かないの。今話題だろ」 「僕は東京タワーが見たかったので」 「何で」 「もうすぐ、見向きもされなくなっちゃうから」
ぱあ。 ハヤトが肺にたまっていた暖かい空気を全て吐き出した。白い花が咲くように、空気が色づく。ハヤトまた笑う。
「悲しいものは、きれいでしたよ」
きれい、その言葉がずんと鉛のように鈍く脳に響いた。ハヤトの横顔を除き見ると、下を向いていた睫毛がさらさらときれいだった。 きれい、だった。
「僕は、」
すぐ横で、ハヤトの指が揺れるのがわかった。だらしない制服からしまりなくはみ出た自分の手のひらのすぐ横で、きれいな指が揺れた。
「東京タワーがすきですよ」
手のひらと手のひらを、繋ごうと思った。寒がりの彼の手のひらを、冷たいと言って繋ごうと思った。きれいで悲しい彼の心は寒がりだ、俺が必要、俺が必要なんだ。
「あなたは、代替品だと思いますか」
悲しい言葉には、主語が見当たらなくて。咄嗟に指先を指先で掴んだ。絡めた、と言った方が正しいのかもしれない。子供が、赤ん坊が指を掴むように、彼の指を絡めた。
「俺は寒いと思う」
俺がなにをいうのかと、ふるふると揺れながら待っていた目がきょとんと見開かれた。そして、冬の朝の白い空気を目一杯吸って、彼は笑った。 くちゃくちゃになった顔を見て、俺も笑った。
「今度は一緒に行こう」 「いいですよ」
ぎゅう、と握り返された指先が暖かくて、なんだ、寒がりなんて嘘じゃないか、と思ったらなんだかおかしくなった。冷たい空気が詰まっていた筈の肺がむずついて、俺は寒空に大きなくしゃみをした。
(だっせえの!)
|