じわりと空気を食むように侵食して行くけだるさは、きっと夕方から止まない雨のせいなのだろう。屋根を、壁を窓を執拗にノックする突然の来客は、手土産代わりの厭らしい湿り気で俺の呼吸器を侵す。締め切られた部屋で足に絡み付くシーツをはがしながらも、起き上がる気分にもなれず、かといってすやすやと快適に眠り込むということすらできず、灰色を塗られた天井を睨み付けるのだった。
眠れない理由として熱帯夜と並んで挙げられるのは、レンタルしてきた映画を共に観賞しようと俺の部屋を訪れてきた友人Aであり上司Aであり家族Aである少年Aであった。彼は自分勝手にも、俺の部屋でひとしきり映画を満喫した後、自分の部屋に戻ることすら面倒くさがって俺の部屋のソファを我が物顔で寝具としてた。自分以外の吐息が、湿気で満ち足りた空気を伝って、首筋を気持ち悪くはりつく気がするのだ。

(不愉快ながら、透明な息がこんなにも緩やかに吐けるのかと、感心している)
(こんな風に言葉を滑り込ますのかと)

雨粒の音が忘れた頃に耳に追い付いてくるように、この存在は。内側にあるはずの核を探そうとする度に溶けるように消えてしまい、忘れた頃に、じっとりと這いつくばって近づいて来るような速度で存在を主張してくるのだ。

(雨が、土になって川になって海になって雨に帰るようにだ)

姿を見せないで侵略されているのは、なんと気持ちの悪いことか。

「バーン」

急に雨の音を割ったその声に、俺は半身を起こして首をひねった。ソファの背もたれが邪魔で顔が見えない。じっとりと密室に黴のように現れたそれは、呼吸をする。

「今日の映画は面白かった」
「あんなの、もう覚えてねえよ」

口を開いたとたん、体内に生暖かい空気を取り込んでゆくのを感じる。ああこうやって、彼の中の出所の知れない感情を取り込んで、彼の不愉快なまでの強さを感じ取ってゆくのか、と感じてしまうのは。俺の弱さの許した、最大の同情だったのだろう。手探りで探しても表面すらなぞれずに消えていってしまう彼の本音。それを探してやろうという俺の気まぐれに希望を見てしまった彼への、同情でしかなかったのだろう。

(かわいそうな基山ヒロト)






「深夜の密室」「探す」「雨」
http://shindanmaker.com/28927






人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -