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「また喧嘩したん」


 真一文字に結ばれた口元は、つい十分前に廊下ですれ違ったばかりだ。

 いつもなら同じクラスの男子達とつるんでいる侑がひとりで中庭のベンチに座っているのも珍しい光景だった。購買で紙パックのレモンティーを買い、ストローをちゅーちゅー吸いながら侑の前を通りかかると、彼もまただらりとベンチの背もたれに体重をかけながら、紙パックのミルクティーを片手に空を仰いでいたのだ。

「俺悪くないし」
「まだ何も言ってませんけど」
「お前アイツの回しもんやろ」

 じい、と私の眼を見つめる侑の眼はまるで、思わぬところで敵を見つけたとでも言いたげだった。そんな侑の態度など知る由もない私は、そのまま彼の隣に腰掛ける。

「………俺が悪いって言いたいんやろ。どうせ俺のいつもの暴言の所為やとでも思ってんやろ」
「まぁそれは思うてるけど」
「思ってんのかい」

 腹立つわ、とぐちぐち文句を言う侑の表情は硬い。
 同じクラスであり、侑と治のチームメイトでもある角名くんの話によれば、昨日行われた練習試合で治の調子が出なかったことに腹を立てた侑が喧嘩を売り、取っ組み合いになって現在に至るとのことだった。生徒達は恒例の騒ぎを一目見ようと駆けつけ、体育館にはギャラリーができたという。

 どうりでお互いのおでこに絆創膏が貼ってあるはずだ。

「いつから話してないん」
「………昨日の夕方」
「ふーん。じゃあもう一日経つやん」

 侑からの返事は無い。
 ちらりと横目に彼を見ると、相変わらずでかい図体で拗ねた顔をしていた。まるで幼稚園児にもひけをとらない拗ね方だ。まあ侑だけじゃなく、廊下で私とすれ違っても気づかないくらいイライラしている治にも言えたことだが。

「今日オフやんな。三人で映画見に行こうや。君の名前がなんたらってやつ」
「………サムとふたりで行けば」

 侑はこちらに見向きもせずそう言った。
 どうやら本気で折れる気は無いらしい。私は侑に折れてほしいつもりで言ってるわけじゃないんだけどなあ。

 とりあえず様子を見るべく、そっぽを向いて呟いた。

「ええの?じゃあふたりで行ってふたりでごはん食べて帰ってこようかな」
「………………」
「神戸でもいこっかなー」
「………………行ったらええやん」
「………………この強情っぱり!」

 侑のほっぺを両手で掴み、ぐいっとこちらを向かせる。驚いた表情を浮かべる侑が、頭一個半分下にある私を見下げていた。

「いつまでも喧嘩してたら私が嫌やねん。三人で遊びたいねん!」
「……っははへやほへ!(離せやボケ)」
「あァん!?誰がブサイクじゃボケ!」
「いうへへんは!(言うてへんわ)」

 眉間に皺を寄せてじいっと侑を見つめると、侑もまた私にほっぺを挟まれながらも冷ややかな目をして思い切り不機嫌な表情を浮かべた。時々機嫌が悪い時にやるこの顔が私は若干怖さすら覚えるが、そんなこと言ってはいられない。

 根負けした侑が、私の手首をがちっと掴む。そしてそのまま頬から手を離させると、大きく溜息をついて項垂れた。

「……………めんどくさいねんお前」
「よう言われる」
「………馬鹿、アホ、ドンクサ女」
「………………」
「………チビ、ブス」
「なんとでも言ってくれてええよ。それで気が済むんならな」

 下を向いたままぶつぶつ呟く侑にそう言うと、侑は顔を上げてじとっとした視線をこちらに向けた。その眼光に一瞬怯みかけるが、私もまた奮い立たせてその両の眼を真顔で見つめ返した。

「………嫌いやわー」
「言うてることとやってること逆やん」

 ぽて、と自分のおでこを私の肩に押し付けた侑は、そのままぐりぐりと顔を埋めていた。それでもなおブスだの馬鹿だの言っていたけれど、その言葉尻に意味なんてない。

「あ、治や」
「は!?」

 遠目に見えた銀色の頭。こちらを向いている彼は、侑と同じミルクティーのパックを持ち、ストローをくわえていた。
 侑はばっと私の肩から顔を上げると、真後ろを勢いよく振り返る。ずんずんと近づいてきた治が、不機嫌そうな表情で私達を見下ろしていた。

「なんや。やっぱ廉に泣きつきよったか」
「あ?んなわけないやろ。こいつが勝手に来ただけじゃ」
「そりゃ失礼しましたぁ。俺にはでかい赤ん坊と母親に見えたけどな」
「やっかみか?そう言うお前は慰めにもらいに来てんやろ」
「ハイハイやめやめ」

 ばちばちとガンを飛ばし合う二人の間に割って入る。
 背ばっかりでかくなりよった二人の間に入るとまるで囚われた宇宙人のようになってしまう。同時に私を見た双子。心底面倒臭いけど、これ以上こじれるのはもっと面倒だ。

「ふたりとも、右手だして」
「「は?」」
「ええからはよして」

 侑と治、二人とも同じようなでかい手を掴み、無理やりその手を取り合わせた。昔からかわらない、私を挟むと行われる仲直りの儀式。二人の眉間の皺が若干ゆるんで、私はその両手を包み込むようにして上から掴んだ。

「今回はここで終わり。もうええやろ、どうせお互い悪かったって思ってんねんから」
「「………………」」
「三人で神戸行こうな。今日。君のなんたら観に」

 上を見上げて笑いかけると、双子は大きく溜息をついた。でもその表情はやわらかく、もうこんな些細な喧嘩などどうでもよくなっている。

 予鈴が鳴り響いた中庭。誰からともなく歩き始め、私を挟んでミルクティーを吸い込む双子はいつも通りのポーカーフェイスに戻っていた。そんな中、ちらりと私を見遣った治が呟いた。

「……………嫌いやわ、ほんま」
「一個挟んで右に同意」
「ハイハイ。自分らほんま大好きやな私のこと」

 同意した侑をじろっと見つめながらも、私は前だけを見て言い返す。空になったレモンティーの紙パックの中、ストローだけがからからと音を立てている。

「ブーブーうるさいミニブタやわ」
「一個挟んで右に同意」
「やかましわこのアホ双子」

 三人ならんで後者に戻る道すがら、段々言い合ってるのが面白くなってきて、けらけらと笑い声が空に響く。

 身体の大きさだけが変わった。私達の関係は、何も変わらない。

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