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 初めて見に行った神戸の港花火。


 地元の花火大会とは比べものにならないくらいたくさんの花火が打ちあがって、私と双子は目を輝かせて満天の空いっぱいの花火を見上げた。はしゃぎすぎやで、と困ったように笑うお母さんたちに言われても、私達はお構いなしだった。


『大人になっても、三人で来よな』


 侑はそう言った。
 治と私は大きくうなずいた。

 毎年見に行っていた港花火を見に行かなくなったのは、彼らが高校生になって、インターハイに参加するようになってからだ。私の大好きな夏の風物詩が彼らの中で過去となり記憶になった頃、私はひとり昔の思い出にばかり浸っている。


 地元駅のホーム、『みなとこうべ海上花火大会開催のお知らせ』と書かれたポスターがはがれかけている駅舎の屋根の間から覗く青空を眺めていた時だった。

 その女の子が私の前を通り過ぎた時、目が合ったのだ。―――侑のことを好きな後輩の女の子。私の脳みそがそう判断したと同時、向こうから私の方に寄って来た。


「……………ちょっと、顔かしてもらっていいですか」


 リンチでもされるんだろうか。
 物凄い形相でこちらを見上げる後輩ちゃんに、私は頷く以外の選択肢は見当たらなかった。

 駅裏の壁に突き詰められた形の私と、そんな私を真正面から睨む後輩ちゃんとの間は三十センチだ。彼女は相当怒っている様子で、時折小さく舌打ちをした。そして口を開いた。

「………井闥山戦」

 彼女が第一声に呟いた言葉を、私は僅かに聞き取れないでいた。むろん、その意図もわからない。

「井闥山戦なんです、明日」

 井闥山。確か全国でも有数のバレーボール強豪校だった気がする。昨年の春高のハイライトでも登場し、凛太郎が騒いでいた。

「行ってください」
「………………えっ、と」
「絶対行ってください。場所は大阪なんで、すぐ行ける距離です」
「………話が読めないんやけど」

 私の言葉に、彼女は握った拳に一瞬力を込めると、そのまま私の肩を勢いよく掴んだ。壁に打ち当てられた背中が痛んだ。

「私は………っ、侑先輩に、好きって言ったんです」
「………っ」
「でも、侑先輩はまだ手を離せない奴がおるって、言いました。あなたのことです、廉先輩」

 全身の血が引くような感覚に陥って、私はぐらりと足元が歪んだ。―――自分は彼らにとって、ただの重石でしかなかったのだ。


「………っなんて顔してるんですか!」

 
 彼女の眼に浮かぶ涙が、ぽろぽろと頬を落ちていく。地面にしみを作っていく涙の痕がやけにはっきりと目に見えた。


「侑先輩は、あなたの手を離す勇気がまだないって言いました。自分が今めげずにやれてるのは、治先輩と廉先輩のふたりがいるからやって、」


 ―――馬鹿は私だ。間違いなく。
 
 いつもそうだ。わかっていないのは私だけ。
 わかったふりして、彼らの後を追ってるだけ。でも、彼らはとっくに知っている。私が彼らを誇りたいことも、自慢したいことも。並べなくたっていい、置いていかれることなんてない。


「…………ぜったい、行ってください。あなたが応援すれば、………っ侑先輩は、あのふたりは最強です」


 ―――私達はいつも三人だったじゃないか。

 俯いた私の眼からこぼれ落ちる涙を見て、彼女は手を離した。ふたりぶんの影が落ちる駅裏。空蝉が夏が佳境に入ったことを告げている。


「……………ありがとう、」


 口から出ていった言葉に他意はなかった。立ち去る彼女の背中を追うこともできなかった。流れ落ちていく汗が涙と一緒くたになって、するすると首筋を伝っていった。



□■□




 最後のスパイクが稲荷崎のコートに叩きつけられた時、侑は下唇をぐっと噛み締め、治は体育館の天井を見上げていた。

 主審の笛が鳴り、悲鳴にも近い喧騒が体育館中に響き渡り、井闥山の優勝が確定した。

 悔しいなんて思えなかった。それよりももっと、私には受け止めてしまったたくさんの感情が蠢いていた。

 詳しいことなどわからない。ルールも基本しか知らない。
 わかっていることと言えば、目の前で繰り広げられた競技が、侑と治にとっての至高でありすべてであること。
 ボールを触る彼らの一挙手一投足すべてが私の目に焼き付いたまま離れなかった。


「ありがとうございました」


 主将の北先輩がこちらに向かって頭を下げる。
 うちの学校の応援団、吹奏楽部、OBOG、保護者、すべての人達が彼らの賞賛の拍手を送っていた。その隅っこでぐっと涙を堪えて下唇を噛んでいた私を最初に見つけたのは、ふたり。ほぼ同時だったと思う。

 侑と治の眼が見開かれたのは一瞬だった。
 私はひとしきり拍手をしたあと、逃げるようにして会場の外へ出た。お母さんや凛太郎、おばちゃんにも内緒で来たのだ。彼らにもばれないようにするつもりだった。


 人の流れに身を任せて歩けば、すぐに会場の外に出た。

 沈みかけた太陽を見つめた。じきにお盆が来て、夏が終わる。彼らの雄姿をこの目に焼き付けた、この夏はそれで十分だった。なにより、先へ先へと進んでいく彼らを見送る決意も出来た。置いていくなんて表現はもう使わなくていい。三人でいられたということ。その記憶だけで十分だ。
 
 駅の方向へと歩き出す。
 会場から出て来た人々が、双子のプレーを褒めていた。少し嬉しくなって頬が緩む。でも、ほんの少しだけさみしい気持ちになった時。私の両肩がいっぺんに捕まれる。


「………っ、はぁ、お前、っ」
「何勝手に、帰ってんねん………っ」


 どっちがどっちを紡いだかなんて、私は気にする余裕すらなかった。
 ユニフォーム姿で飛び出して来たふたりに、周りからきゃあきゃあと声が上がる。チッ、と舌打ちをした侑が私の肩を掴んで、反対側から治がもう片方を掴んだ。そのまま駐車場の方へと連れていかれる。「ちょっと、」と言う私の言葉など二人には届いていなかった。


「「………………」」


 壁際に追いやられた私は、彼らの鋭い視線を一身に受けていた。沈黙を破ったのは侑だった。


「…………よりにもよって、こんな負け試合見にくんなや」


 眉間に寄った皺。治もまた、視線を外しながらも悔し気で、すこし気まずそうな表情を浮かべている。私は口を開いて、二人を見上げた。


「もっとはよ来ればよかった」


 二人同時に目が剥いた。
 三白眼が計四つ、こちらを見下ろしている。獰猛で激昂した感情が昂っているのだろう。


「めちゃくちゃかっこよかった。私の知らない二人なんておらんかったわ」


 飄々としているくせに、人一倍負けず嫌い。お互いがお互いを意識し合って高め合って、上を目指す向上心は底なしで。誰よりチームを、仲間を、大切な存在を、思っている。
 知らない顔なんかじゃない。よく知る顔だ。ずっと一緒に育ってきた私が一番知っていると言ってもいい。


「一生三人でいられんくても、三人でいられるまでいられたらいい。一人欠けても二人欠けても三人寄れば、また三人になるんやから」


 一生三人ではいられない。
 でも、三人一緒にいた記憶は永遠だ。
 きっと今日の日だって、私は一生忘れない。

 双子は一層皺を深くして、私のことを抱き寄せた。汗のにおいとふたりの香りが鼻腔をくすぐる。大きくなってから、三人でこんなにひっついたことがあっただろうか。

「………暑い」
「「…………やかましわ」」

 私の体積を奪い合うようにお互いをつねりあう双子を、今度は私が抱きしめる番だった。二人の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。


「また、見せてな」


 二人の胸元で呟いた言葉は、届いているだろうか。―――届いていなくてもいいか。きっと言わなくたって、見せてくれる。


「……………今度は表彰台のてっぺんから、お前の名前叫んだるわ」


 どっちが言ったかなんて、もうどうだっていいことだろう。

 こぼれ落ちた涙が真黒いユニフォームに吸い込まれていく。吸水性のいいそれはすぐに私の涙をなかったことにしてくれた。綺麗事ばっかり並べた自分に、自嘲じみた笑みが漏れる。でも、それでいいと思った。今年は、こんな夏で。


 It's my front memories.
 END.


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