「痛゛だだだだ!!!看護師さん、締めすぎじゃないですかこれ!!!」 「あなたねー、本当毎回思うけど、包帯替える痛みに耐えられないのになんで刀ぶっ刺さしたまま病院までこれるの?」 ギチギチと音がするほど絞められていく包帯に、梅は早くも白旗を上げていた。こんな細い腕でよくもまああんな重たいものを振り回して、とベテラン看護師は内心思うも、目の前の少女はそれを生業にしているのである。 「アドレナリン出てるんですよね。ああいう時って」 「まあ、そうでしょうねぇ」 「でもやっぱアドレナリン切れるとそれなりにめちゃくちゃ痛くて」 「そうでしょうねぇ」 「私も毎回思うんですけど、痛いの嫌いですね」 「やめちまいなさいよ真選組」 肩をやられるのはもう何度目だろうかと、梅は一人反省していた。あの時ちゃんと息の根を止めておかなかったのは自分のミスである。ただ、流石に着物で相手と長時間やりあうのは分が悪かった。だからいつもより焦っていたし、急いでいた。最後に桜子に目を瞑れと言って気を回せたのは、ほぼ奇跡に近いと思う。 「でもまぁ、お嬢さんも怪我ひとつなくて無事だったみたいだし」 「まぁ怪我一つでもさせちゃってたら私クビですし…」 「スプラッタシーンも見せてないんでしょ?」 「そうなんです。そう言うところがやっぱ私仕事できるなって思いました」 「仕事できる人は自分で言わないのよ」 いつも面倒を見てくれるベテラン看護師は、そう言うとさっさと片付けをして病室を去って行く。引き戸が閉まってひとり病室に取り残された梅は、肩に刺激が行かないようゆっくりとベッドに体を沈ませた。 「…痛ってぇー」 咳をしても一人。独り言を呟いても一人。 真っ白な病室で思い起こすのは、桜子の涙と謝罪だ。本当は、梅自身多少なりとも焦りはあった。桜子は魅力的だ。容姿だって整っているし、素直で人柄もいい。もし自分が先に出会っていなかったら、そう言う世界線であったら、もしかしたら沖田は桜子を選んでいたかもしれない。…はたまた、今更乗り換えられる可能性だって十分あるだろう。 だが沖田が座敷へ入ってきた時、迷わず桜子を保護してくれと言えた自分に安心していた。切なくないと言ったら嘘になる。だがあの時確かに、沖田と自分の間には、見えない糸のようなものがあった。だからこそ、間違いなく自分より桜子を優先するように言えたのだ。 「……それが良いのか悪いのか」 「何が」 「うわァ!!!!!」 ガラッと扉が開いたと思えば、ずかずかと入ってきたのは沖田だった。こうして一日一度、見廻りついでに現れる沖田は、一時間程度好きなことをして帰っていく。待合室から持ち出したゴルゴを読んでいる時もあるくらいだから、本当に好きなことだけをして帰っていくのである。 「びっくりしたァ。いきなり入ってこないでくださいよ」 「ゴルゴの続きなかった。誰か借りてやがんな」 舌打ちをして、小さなパイプ椅子に座った沖田はすぐにスマホを取り出す。最近の若者はすぐスマホいじって…なんて思いながらも、梅は普段となんら変わらない沖田を見て少し安心するのだった。 「…隊長ぉ」 「何」 「…桜子ちゃんに、ちゃんと言いましたか」 返事をしていないことが分かった時、「何してんだ貴様」と柄にもなくブチギレたのは梅だった。そんな沖田もまた、自分の落ち度を自覚していたからか、逆ギレもせず、こちらも柄にもなくあっさりとその言葉を受け入れたのだが。 「言った。笑われたけど」 「え、笑われたんですか!ぷぷ」 「…包帯替えてやろうか」 「嘘嘘嘘、やめてください替えたばっかりなんでェ!痛ァ!」 「まァまァ遠慮しなさんな」 ガシッと梅の患部である左肩を無遠慮に掴んだ沖田と、激痛に悲鳴を上げる梅。じわりと滲んだ涙を見て満足したのか、沖田はあっさりと手を離すと、今度はベッドに腰掛けた。 「お前のこと好きかって聞かれやした」 「…あら、そんなことまで」 ―――で、なんて? 梅がそう尋ねる前に、沖田は梅の隣にゴロンと寝転んだ。突然目の前に現れた沖田の顔に、梅はギョッとして身を引くも、沖田の腕がそうさせなかった。グイッと腰を引き寄せると、そのまま鼻と鼻がくっつきそうな距離にまで詰められる。 「……俺ァどうせ、手前の女後回しにする嫌な男でィ」 「な…なにを急に………あ、」 合点がいった梅は、恐る恐る沖田の目を覗き込んだ。あの状況下で、お互い優先できなかったことに少なからずダメージを受けているらしい。梅もまた、自分を先に助けてもらえなかったことについては、納得してはいるが切なさも感じていたのである。 「……ふふ」 「……なーに笑ってんでェ、人の気も知らねーで」 「一緒です、私も」 「一緒だァ?」 「ちょっと切なかったですよね、あの瞬間」 ―――被害者優先で、と告げた時。 本当は今すぐにでも運び出してもらいたかった。本当は、沖田の手で。でも、この世界で生きていくと決めた以上、それが叶わないのは分かっていた。だから、納得はできる。だが、一抹の寂しさが残るのは致し方ない。 「お互い、死に目にもあえないかもしれないのは承知ですけど―――でも、寂しいねって気持ちは共有してもいいじゃないですか」 「………なァ梅、」 返事をしようとした時、梅の瞼の上に沖田の唇が降ってきた。軽くキスをされたと思えば、今度は額にやわらかい唇が落とされる。目を開けると、沖田が愛おしそうにこちらを見ていた。その目を見て、胸がきゅう、と鳴る。沖田なりの懺悔なのか、愛情表現なのか、どちらとも取れるその行動に、梅は柔らかく笑ってみせた。 「…まァ、俺の時同じことやったら後で殺すけどな」 「ええェェェ」 「当たりめーだろィ。俺より優先されていい人命なんて無ェ」 「ええ……」 相変わらずトンデモ理論を展開する沖田だったが、梅は逆のパターンを考えてみるも、自分が沖田以外の人命を優先する姿は想像できなかった。 「職権濫用ですねぇ」 病院の真っ白い布団に、沖田が体を滑り込ませる。だんだんと襲い掛かる睡魔に身を任せながら、お互いの体温を感じながら。梅、最後に名前を呼ばれて、唇に降ってきたやわらかいものを受け止める。そして、梅は意識を手放した。 |