「えー、というわけで……富田さんが帰ってくるまでの間お世話になる、桜子さんです。まだえっと……いくつだっけ?」
「十六です」
「十六なので―――じゅうろくゥ!?」

 麗かな春の匂いを纏ったような女の子だった。真っ白な肌、艶やかな髪。キラキラした瞳には、むさ苦しい隊士達が死んだ魚の目をして映っている。なぜか最前列にいる者たちは皆、朝方までかかってしまった討ち入り帰りの隊士ばかりだった。

 今まさに彼女を紹介している近藤も、思わぬ若さに動揺していた。隣で煙をくゆらせる土方の深いため息が漏れ出す。

「じゅ、十六なので、丁寧に、大切に扱うように」

 もはや若い女を目にすれば誰彼構わず手を出す民度も治安もゼロに等しい集団ですという自己紹介になってしまっているような、よくわからない締めの言葉を前にしてもなお、屍同然の隊士達は大きな声で一つ、返事をするだけだった。

 ―――以上が、今朝の朝礼での出来事である。

「にしてもすごいよなぁ。よっぽどの事情があるのかね?」

 朝食の時間、隊士達はその話題で持ちきりだった。
 というのも、本日付で女中として入ってきた彼女―――桜子は、一見どこにでもいる若い女の子だったのである。元来真選組は、女人禁制の男所帯だ。では梅はというと、その腕を買われたことで、わざわざお上にまで許可を取った上で在籍している。そんな真選組屯所内で女中として働いている女性達は皆、五十オーバーのベテランばかりだ。所帯を持ったパートさんと言ったところか。

 そんな中、持病のヘルニアが悪化してしまいしばらく療養することになった富田さんの代わりに入ってきたのは、若くて可愛い女の子。それもまだ十六というわけである。

「面接したの、副長じゃねェってもっぱらの噂だぜ?上からの指示で雇うことになったって」
「差し当たり、お偉方の遠縁とかじゃねーの?よくある話だろ」
「でもそれにしたって……」

 ―――可愛いよなぁ。 

 朝食の鯖と、せかせか働く若い少女を前に、デレデレとした笑みが止まらない女に飢えた獣達の束の間の休息である。

「横失礼しまァす」
「うわァ!!!びっくりしたァ!!気配殺して近づないでよ!!」

 鼻の下を精一杯伸ばしていた山崎の隣に、お盆を持って現れたのは梅だった。ぴょこんと後ろ髪がはねているのを見る限り、寝癖を直す時間も―――否、直す気もなかったのだろう。さらにいえば、目の下の隈とやつれ具合からも、朝方までかかった討ち入りの残処理を終えて、一時間だけ寝てきましたということがばっちり表れてしまっている。

 食堂を忙しなく動き回っているキラキラした桜子と、完徹でおっさんの雰囲気すら漂っている梅の、あまりにはっきりしたコントラストに、胃もたれしそうな山崎だった。

「そんなにやばかったの?昨日」
「……上司斬ったら切腹だろうな、でも交戦中の事故って処理すれば謹慎くらいで済むかな、までは考えました」

 いやもうそれ相当いくとこまでいっちゃってる奴の思考回路じゃないか?…という胸中で響く本音は、間違っても口に出さないよう山崎は一生懸命飲み込んだ。

 一番隊は、沖田と梅で構成される斬り込み隊だ。隊士達の中でも選りすぐりの精鋭が揃っている。基本的にはローテーションで組まれる勤務体制だが、危険度の高い浪士達を相手取る場合は急遽借り出されることも多い。

 しかし、基本的に隊長にやる気がないので、二番手の梅が指揮をとることもしばしばだ。昨夜の討ち入りは、途中で攘夷党のリーダーが旅籠内に人質をとって立て篭もり始めた為、その説得作業に時間を要した。

「昨日、沖田隊長ほとんど後方で寝てたもんな」
「梅ちゃんが必死に『生きてればなんとかなる』って叫びまくってたもんなァ」
「本当すごかったよ昨日の梅ちゃんは。最後の方『いい加減にしろ、出てきたらマジで覚えとけよお前』って言っちゃって近隣住民に通報されてたけど」

 そんな隊士達の励ましの声も聞こえているのか聞こえていないのか、ほとんど眠った状態で梅が朝食をとっていると、今度はその向かいに沖田が座り込んだ。昨日しっかり睡眠を取れたおかげか、目の前の部下とは裏腹に、目が死んでいない。

「なんでィ、朝から人の悪口かてめェら」
「いやいや!!そんな滅相もないっス!!……じゃ、俺たち仕事行くんでお先っス!!」

 沖田の視線に嫌な予感を察知した隊士達は、こぞって席を立った。面倒なことになる前にその場を立ち去る、この組織に身を置いている者であれば誰もが学んでいく処世術である。もはやその面倒事にも慣れきってしまっている山崎だけが、食後の番茶をだらしなく啜っているのだった。

「お待たせしました。朝食、お持ちしました」

 生気の死んだ部下と、それなりに生き生きしている上司という恐ろしい空気の中に、溌剌とした声が振ってきた。今朝近藤から紹介されたばかりの新人、桜子だった。
 真選組の食堂は、自分で配膳するのがルールだが、沖田はカウンター前で待つのが面倒で、先に席に座っていることもしばしばある。ベテラン女中富田であれば、「沖田さん取りに来てー!!と叫ぶだけだったが、新人がそこまでできるわけもなし。お盆を持って表れた少女は、小さなポニーテールを揺らしながら、沖田の前にそれをおずおずと置いた。

「あァ、どーも」

 ぺこり、小さくお辞儀をして去っていった彼女の後ろ姿を見た沖田が、山崎に視線を投げる。それだけで、「誰?」という質問であるということを察した山崎は言った。

「新しい女中の桜子さんですよ。今朝朝礼で紹介されてました」
「へェ。あんな若ェのよく採ったな。土方もなんだかんだピチピチ派か」
「いや、どうやら副長面接じゃなかったみたいで。お偉方の遠縁じゃねーかって噂です」
「ふーん」

 いずれにせよ興味がないらしい沖田は、間の抜けた返事と共に鯖の小骨を取り始める。

「可愛かったですね」
「うわ!!……梅ちゃん、意識あったんだね」

 突如声を上げた梅に、山崎は本日二度目の悲鳴をあげる。それほどまでに、今朝の梅は生きる屍となっているのである。

「まだ十六歳みたいだよ……ってあれ、お二人とも朝礼出てないんですか?」
「出るわけねーだろィ。出たことねェよあんなもん」
「私は出てました」
「出てるうちに入んねーよ、最前列で死んでたくせに」
「そりゃだって上司に仕事丸投げされて朝まで拡声器で叫び倒してたんで……私今日ここまでどうやって帰ってきました?」
「フツーに歩いてパトカーまで戻って来たんでィ。白目剥きながら。菊川爆笑してたぜ」
「全然覚えてない……いや元はと言えば隊長が途中で離脱したせいですよ」
「お前拡声器使ってみたいとか言ってただろうが」
「そんなこと言っ……たけどぉ!ちょっと面白そうだったからァ……」

 以下、山崎の鼓膜は完全にシャットダウンした。
 これ以上ここにいては喧嘩に巻き込まれて梅の二の舞になるだけだと危険を予知し、さっさと席を立ったのである。

「ごちそうさまでしたー」
「はァい、置いといてくださーい」

 いつも通り、食器の返却口にお盆ごと戻すと、先輩から指導を受けている桜子の姿が目に入った。一生懸命メモをとりながら話を聞いている姿を見る限り、とても真面目な良い子そうだと山崎は思った。
 ―――だが、その先輩が食器の種類を説明すべく桜子に背を向けた時。不意に桜子の視線が沖田と梅の方向へと降り注がれたのも、監察は見逃さなかった。

「……春だねぇ」

 山崎の独り言は、食堂内の喧騒に吸い込まれていくのだった。

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