「よーし、掃除完了。これで心置きなく闘り合えるってもんだ」 敵も味方も関係なしにすべてを無に還した男。 神威は、傘を広げて晴れ渡る空の下で笑っている。―――戦闘部族、夜兎。天人の中でも戦闘能力に長け、宇宙海賊春雨の第七師団は夜兎によって構成されている。雷槍と呼ばれる彼らの親玉がまさに、今沖田と梅の目の前に立ちはだかっていた。 「そっちもはやく 「……アンタ“達”?」 「どっちから行く?大丈夫、俺男とか女とかで差別したりしないから。平等に殺るよ」 「そ、そこは差別してほしかったなァ……、この人はともかく、私は満足いただけるほどのレベルじゃなくてですね、ホンットもういつまでたってもヤムチャというか、いやホントお恥ずかしいっす」 「オイてめェナチュラルに上司売ってんじゃねェ」 「痛゛ァっ」 沖田渾身の左ストレートがノールックで梅の右頬に飛んでくる。頬を抑えながら倒れこんだ梅は、そのまま死んだふりをキメこんだ。最低である。 「アレ?死んじゃった?じゃあお兄さん、アンタでいいや」 「死んでねェよ。こんなんで死んでくれたらこんなに手ェ焼いてねェ」 「あ、本当だ。生きてる」 神威はそう言うや否や梅の頭目掛けて発砲した。寸前のところで避けきった梅は、「ひィィイイイイイイ!!!」という雄たけびを上げた勢いとともに飛び上がる。 「あっぶなァァ!!何この人ォ!!!!殺る気満々ですよこの人!!」 「君、誰かに似てるんだよなぁ」 「えっ」 「誰なんだろう………そもそも人だったかなぁ」 「えっ………それどうなんですか」 「あ、豚?」 「正解でさァ」 「いや頼むから否定して」 神威は不思議そうな表情を浮かべ、上から下まで舐めるように梅を見つめると、はっと気が付き呟いた。 「―――晋助だ」 「……っ」 梅の息が止まるのを、沖田は感じ取っていた。そして静かに自らの刀身についたままだった血雫を振り払うと、ゆっくりと目を閉じ、また開く。 「…………お、やる気?よかった、同じバカの目は誤魔化せないってね。アンタ達も本当は将軍の首なんてどうでもいいんだろ?血の匂いを嗅ぎつけてここまできた―――人殺しの、眼だ」 血と死に慣れて、幾ばくか。 嬉しそうに語る男と、それを業として背負う男と、女。まるで違う世界に生きているようだと、梅は僅かに笑みを漏らした。 「安心しなよ。悪党しか斬れないってんなら――――」 神威の銃口が、まっすぐに沖田の背後にいるそよ姫へと向けられた。銃声音がした後で、ぱきん、と乾いた音が鳴る。まっぷたつになった弾丸が割れ、腰を抜かしたそよ姫がへたりこんだ。沖田の手にした刀が、一発の弾丸を切り裂いたのだ。ごくりと息をのんだ梅が、そよ姫の背に手を当て、膝裏に腕を差し込む。 「―――なら、当ててみな。つぎは、ここに」 自らの胸をトン、とたたいた沖田もまた、笑っていた。 「今度はよォく狙え。はずせばてめェのどてっ腹に穴があくぜ、宇宙の悪党さんとやら」 二人の間に流れ始める、命と命を差し出した駆け引きの音。 「地球のおまわりなめんな」 その瞬間、梅はそよ姫を抱えて走り出した。 背後で刀と傘がぶつかり合う音がしていた。これ以上あの場にいては、巻き込まれてしまう。後ろ手に沖田が指し示した避難艇への道筋。 「梅ちゃん、っ!!沖田さんが………っ」 「―――大丈夫です、あの人なら」 ぜったいに、負けません。 暗示のような声色に、紡ぎかけた次の言葉をそよ姫はぐっと飲みこんだ。梅の目に浮かぶ不安と焦燥感が、二人の息を詰まらせる。走る梅の背後では、やがて大きな爆発音が続いた。 「姫様ァァア!!!」 「G嫌!!」 「ご無事でしたか………!姫様、梅殿、よかった………!」 声を荒げる爺やへと、梅の手から降り立ったそよ姫が駆け寄る。次々に誘爆が起きている船の上、絶えず鳴り響く爆発音の中、そよ姫は爺やの袂を強く掴んだ。 「兄上様はどこにいるのっ、ご無事なのよね!!大丈夫なのよね!!」 「…………」 「じいや、なんで何も…………っ」 「姫様………すみません」 悟った梅が、そよ姫の首元に手刀を打つ。気を失い、倒れていったそよ姫を、爺やが慌てて抱え上げた。 背後から見知った気配がにじむ。振り返ると、あの一瞬で何が起きたのか想像もできないほど、ぼろぼろになった沖田がようやっとの思いで立っていた。 「モタモタしてねェでさっさと連れてってもらえる………」 「隊長…………!」 「沖田殿!!」 その背後から現れたのは、大きな傘を差し笑う屈強な集団だった。 「一人でも手に余る化け物が十人…………何分時間が稼げるかわからねェ」 沖田は梅に向き直ると、自らの懐刀を今一度梅の手へと握らせた。 「お前も行きなせェ、近藤さん達んとこに」 「なっ……何を言ってるんですか!こんな状態の隊長おいて、行けるわけ………」 「立ち止まんなって、約束したんだろうが」 ―――誰がどうなっても、同じでィ。 流れる血を拭うこともせず、涙でにじみ始める梅の目元を乱暴に拭い、沖田は笑った。これが最後とでもいうように、夜兎の集団がこちらに傘の先を向けた瞬間だった。 「そのへんにしときな」 立ち込める黒煙の中から現れたのは、いつかコンビニで邂逅した忍の男。 「もう十分だろ。首なら――――将軍の首なら、もうここにあるぜ」 全蔵の手にあったのは、将軍の首。 まるで切り絵のように抜き取られたその景色。沖田と梅の呼吸が一瞬、止まる。 「シメーだ。お前達の主君は、もう死んだ。お前たちの護るものは、もうない」 「服部、全蔵…………」 “アンタ、高杉の妹なんだろ” あの時の言葉が、梅の脳内で共鳴する。 不敵な笑みが、脳裏をよぎる。これがすべて、兄が手を引く惨劇だとするならば。 「将軍の務めとは民と国を護ること。そう言ったのは 息をするのさえ忘れた梅に、全蔵は視線を遣る。糸と糸がつながる。 人の死の匂いで充満したその空間で、梅の手が震えていた。 「悪いな嬢ちゃん。あの時ちゃんと話してやれねェで」 全蔵の言葉に、梅はこぶしを強く握り締めるだけだった。兄から譲り受けた太刀の柄に手を当てたその瞬間、沖田の手がそれを制する。 「無駄な 全蔵は何も言わなかった。爆発音とともに、船を後にしながら、己の行為すべてを呪うだけだった。 爆発音とともに、船が傾き始める。 立ち尽くす梅の手を引っ張った沖田だったが、もはや自由に動かせるのは右手だけだった。自らの胸のうちに引き込み、その心臓音を聞かせる。一定のリズムを刻み続けるお互いの心臓音がかち合い、そして沖田の血が梅の頬を伝った。 「………今ここでお前と死んでも、逃げたことにはならねェだろうなァ」 それでも、梅の言葉は返ってこない。 沖田は自分の胸に抱き寄せた梅の涙が温かくにじみ始めたことを喉奥で笑うと、梅の体を今度は思い切り突き放した。避難艇とは別に、伊賀の里へと応援に向かう幕府の船の方へ。 「次会うときは、おめーがあのバカ兄貴と ――――お前の荷物を背負う気はないといったあの日から、今日が来ることを覚悟していた。 沖田が今できることは、胸の中に梅を閉じ込めて全てなかったことにしてしまうことではない。梅は、自分で終わらせられる。自分で終わらせることを、望んでいる。 「その重てェ荷物、どうにかしてこい」 「………っ、」 「刺し違いは無しだぜ」 「………わかって、ます」 心の奥で、幼き日の自分が叫んでいた。沖田から譲り受けた懐刀を取り出して、脇差代わりに腰へと据える。 「………隊長」 既にほとんど意識のない沖田を、残った幕吏達が支える。 「――――待っててください」 梅の言葉に、沖田は意識を手放す最後に、笑った。 船へと向かう梅の視線に迷いはなかった。これで、最後。これが、最後。終わりが、始まる。 → |