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※澪ちゃん視点


 冬の体育は大嫌いだと言い切れる。

 何せ冬の体育館がめちゃくちゃ底冷えすることを、私はよく知っているからだ。部活を引退してしばらく、冬の体育館に足を踏み入れなくてよくなったのは正直ありがたかった。キンキンに冷えた床が、ヒートテック靴下を履いていても容易く足先の体温を奪っていく感覚。選手ほど動き回らないから、スコアをつけている時などは地獄だった。

 ……だけど、体育は免れられない。単位の為、卒業の為。それだけのために、体温で温まった制服を脱ぎ捨て、ジャージに着替えるのだ。

「………トレーナー忘れた」
「えー!!」

 致命的、それは致命的。

 隣で仲良しのゆずぽんが言った。クラスで唯一、普段から遊ぶ友達だ。部活を引退して以来、ゆずぽんとは過ごす時間が長くなった。ちょっと天然が入ってておっとり屋のゆずぽんからは考えられないほど大きな声が更衣室に響く。

「あ!あるある、上ジャー貸してあげ………だめだ、家にある」
「大丈夫……今日くらいなら……大丈夫……」
「上の階の子に借りに行こうよ、まだ時間……あと二分……あるし……」
「大丈夫、余裕余裕」

 ゆずぽんが申し訳なさそうな顔を浮かべていた。ゆずぽんのせいではない。おずおずとゆずぽんが自分のジャージのポケットからホッカイロを取り出して、私に差し出してくれた。優しい。下は長いジャージ、だけど上は二の腕までさらけ出された半そでという小学生もびっくりなレベルの薄着で、体育館へと続く道を歩き出す。地獄だった。

「……澪、絶対寒いね。くっつこ、ほら」
「ゆずぽん……!優しい」
「あ、ちょっとあったかいね」

 女子の平均身長より少し低めのゆずぽんは、小さくてかわいい。華奢な肩がぴたっと腕に当たる。ぎゅ、と私の腕に自分の腕を回してくっついたゆずぽんは、へらりと笑った。これが女子力ってやつなんだと思う。同年代はもちろん、後輩男子からの熱い視線も独り占めにするほど、ゆずぽんはモテるのだ。庇護欲を駆り立てられるというか……同性の私から見ても、こんな態度とられたら惚れてしまうに決まっている。

「う、寒い」

 体育館に足を踏み入れると、今日からバレーボールだけあって、二面設置されたコートにはたゆんだネットがはられていた。部活の時はオールコートで張るからか、随分と小狭く感じてしまう。体育用に出されたバレーボールを取り出して、みんなそれぞれパスをしたりボールを投げ合ったりと盛り上がっていた。体育は数クラスの合同なので、男子も女子も人が多い。

「澪バレーやってたもんね。苦手なんだよなあ球技……も」
「ゆずぽん体育嫌いだもんね」
「嫌い……」

 ただ、プレイヤーとしての実績はそう長くない。そりゃ素人よりは出来るだろうけど、プレーは見る専だ。果たしてボールがまともに真上に上がるのか……そんなことを考えていたら、ゆずぽんがはっとした表情で私を見上げた。

「そういえば私、体育委員だった」
「あ、そうだったっけ」
「ごめん澪、ちょっと行って来る」

 そう言って、ゆずぽんは体育倉庫の方へと走り出してしまった。ゆずぽんという唯一無二の暖が傍を離れてしまったことにより、急に身体が冷えてくる。腕をさすりながら、今か今かと体育の先生が来るのを待ちわびた。

「え、澪?気合い入り過ぎじゃね?」

 そんなとき、不意に背後から声がかかった。面倒くさそうにポケットに手を突っ込んで、何故かマフラーまで巻いている、見た目からはやる気ゼロのマッキーだった。

「久しぶりのバレーにテンション上がってんの?」
「だったらいいけどね……トレーナー家に忘れたの」
「え、マジで?致命的じゃね、今日は」
「マッキーその下トレーナー?」
「うん」
「じゃあ上ジャーだけでもいいから貸して」
「そんなことしたら後々面倒くさいでしょ。なんのための及川だよ」

 及川、と聞いてはっとした。そういえば後期からの体育は、一クラスだけ入れ替わるから及川と岩ちゃんも一緒になる。そのかわりまっつんとは離れてしまったけど。すっかり忘れていた。

「及川ぁー」

 マッキーの声に、入り口付近でバレー用のシューズに履き替えている途中の及川がぱっと顔を上げた。その前方では、岩ちゃんが腕まくりしながら歩いている。岩ちゃんは寒さに強すぎる。

「澪が凍死しかけてるよー」
「え、なんで澪ちゃんが……あっ、そっか!!体育入れ替わりじゃん!!え、状況についてけない、澪ちゃんの白い腕が晒し上げられてるのは何故?いじめ?」
「晒し上げられてるわけではないけどね」
「ほら早く着て!ちべたい二の腕嫌いじゃないけど!」

 ぷに、と私を二の腕をひとつまみして満足したのか、及川はジャージをあわてて脱いで、その下に着ていたトレーナーも勢いよく脱いだ。女子が「わー!及川大胆!」と騒いでいた。引退後も近所のジムと、青城バレー部全体でお世話になっている宮大のバレー部に通う及川の身体は、引き締まったままだ。

「授業はじめんぞー」

 そうこうしているうちに、我らが監督でもあり体育教師でもある入畑先生が準備室から姿を現した。久しぶりの青と白のジャージに、少し気持ちが引き締まる。




「うぇーい」
「先生ぇー、花巻くんがスパイク打ちましたー」
「コラ花巻ー」
「いやあんなもんスパイクに入んないだろ!ちょっと強めのレシーブだっつの!」

 相変わらず楽しそうにバレーをする連中だと思う。

 1試合目は審判だった。ゆずぽんに「線出たら旗上にあげて、入ってたら下に下げてればいいよ」と教えた所、一生懸命線を凝視するあまりボールは見えていないようだった。
 紅白戦が始まって、マッキーと及川の一騎打ちだ。男女混合戦のはずだけど、サッカー部の男子は足ばっかり使うし、女子達は「爪割れる!!」と避けるので、ほぼ及川とマッキーが動き回っている。

「つーか今の入ってた!?」
「及川潔くな〜〜い」
「うるさいよ!」

 どうなの澪ちゃん!!とこちらを向くので、面倒くさいので旗を下げたままラインを示す。試合終了、及川の負けだ。

「澪ちゃんひどーい。ちゃんと見てなかったでしょ」

 旗をくるくると巻いて小さくしていると、背後から及川の顎が頭頂部にごつっと乗せられる。

「入ってたもん」
「いや絶対ギリ外だった。チャレンジ使って判定してほしいレベルだった」
「異議があるなら主審へどうぞ」
「主審岩ちゃんでしょ……」

 という岩ちゃんもまた、面倒臭そうに主審をやっていた。部活の練習試合の時とは大違いだ。後ろから及川に圧し掛かられたまま片付けていると、とててと小走りでゆずぽんが駆け寄ってくる。ふわふわ揺れる栗毛のボブが愛らしい。

「澪ー、つぎ試合……わー、彼ジャーならぬ彼トレーナー?おっきいね、可愛い」
「でしょー、さすがゆずぽんわかってるわ」
「及川くん試合負けてたね」
「名誉の敗北ってやつだよ」
「ていうことは不名誉なんだね」
「意外とゆずぽんはっきり言うよね」

 ゆずぽんは私の腕をつかむと、及川からべりっと引きはがす。それを見ていたマッキーが、「お、修羅場」と笑っていた。ゆずぽんのいたずらっぽい笑顔が光っている。後ろで及川の声がした。次の試合はどうなるだろう。久しぶりのバレーボールだ。

「澪ー、手加減してねー!!」

 対戦相手から悲鳴のような声が上がる。ボールの感触が手に伝う。やっぱりいいなあ、この感じ。


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