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※第三者視点


 「好きって何!?!」

 青葉城西高校女子バレーボール部主将―――通称キャップ。

 名門バレーボールチームの名に恥じない功績を、とひたすら尽力した功労者。惜しくもベスト4止まりになってしまったが、それでも十分栄誉ある活躍だったと言える。及川率いる男子バレーボール部は、及川の柔軟で臨機応変、よく言えば現代的なチームだったと言える。しかし、女子バレーボール部は真反対。

 質実剛健、必勝必然。キャップは甘えと弱さを許さない、良くも悪くも豪気な主将としてチームを引っ張って来たのである。

 そんなキャップもまた、引退し進路が決まり―――捧げて来た青春の形とはまた違った、別角度からの青い春がおとずれようとしていた。

「ちょっ……おち、落ち着いて」
「好きですってそう簡単に言えるもんなの!?ていうか好きって何!?あたしはどうしたらいいわけ!?」
「くびが、首がとれる」

 肩を掴まれ、ガクガクと揺さぶられる澪の三半規管が死に始めたところで、ようやくキャップは静まった。事の発端は昨日の放課後。数Vの教科係としてクラス分のノートを科目準備室へ運び終えたキャップが、さっさと帰宅して録画していたマツ〇の知らない世界を見るべく、足早に昇降口へとやって来たところで。

 クラスの男子(体育委員会が同じだった)がキャップを待ち構えていたのである。そしてあろうことか、

『ずっと好きだった。もし彼氏も好きな人もいないんなら、付き合って欲しい』

―――と、真正面から想いを伝えて来たのである。キャップの脳みそは一瞬にしてショートし、男子は『返事、待ってる』と言って立ち去り、その場にへたり込んだキャップはその日晩一睡もできず今日を迎えた。そして24時間経った今、担当の委員会が終わった澪が、バレー部の練習に顔を出して待っていると言っていた及川のもとへ向かうべく、体育館へ足を向けていたところを空き教室に引き摺り込んだのであった。

「その子は、友達なの?」
「友達も友達だよ……クラスの男子ん中じゃ、温田の次に仲いい」
「そうなんだ」

 ショートカットの髪を振り乱しながら、キャップはブレザーの下に着ていたパーカーのフードをかぶり、そのまま頭を抱えていた。

「良い奴だとは思ってるけど、そんな対象として見たことないし……って考えた時に、そんな対象って何?友達とどう違うの?っていう疑問が浮かんで、寝れなかった。一睡もできなかった。だから人に聞こうと思ったけど、あたしの周りで彼氏いるの澪だけだった」
「あぁ、そういうこと……」
「だから、澪にとっての及川と岩泉の違いを教えて」
「チャラいか真面目か?」
「そんなの見りゃわかるわ!」

 どうやら、キャップが知りたいのはそういうことではないらしい。

 澪もまた頭を抱えだす。自分自身が、及川と岩泉で違いを考えることなどしたことがない。及川は及川、岩泉は岩泉。その境界は何かなど、考えたこともない。

「そういうことじゃなくて、もっとこう……根本的な……及川とはできるけど、岩泉とは出来ないこと、みたいな!!」

 今度はあまりにも具体的な質問に、澪の眉間に皺が寄る。キャップと恋バナまがいなことをしているこの状況にも、段々笑えてきているが。

「チューできるかできないか?」
「ちゅっ……!?」

 意外とキャップはウブだった。――――いや、意外も何もない。青春すべてをバレーボールに捧げてきた女子の、真っ白で清らかな心は見かけにも態度にもよらないのだ。

「ごめん……レベル高かった。もっと易しいのちょうだい………」
「ええ……」

 澪にとっては一番分かり易いと思う例だったが、どうやらキャップにはハードルが高かったらしい。澪はしずかにうなりながら考えて、そして呟いた。

「そもそも、なんで及川と付き合ってんの?」
「んー……一緒にいると、こう……ぽかぽかっとするというか……」
「犬みたいな?」
「違う違う、そうじゃなくて……及川がしゃべってるの見ると、嬉しくなる感じ?」
「我が子的な?」
「全然伝わらないね、これ」

 体験しないとわからないんじゃないかな。

 そう結論付けた澪の一言に、キャップは再び項垂れる。体験、なんていやらしい言葉を使うなと、ぽそりと呟きながら。

「だって、“こういうところがあるから一緒にいたい”みたいな決定的な理由ないと、一緒にいる意味ないんじゃないの?」
「うーん……っていうよりはもっとシンプルだし、なんか一緒にいたいから一緒にいるだけだと思うよ」
「……そういうもん?」
「うん」
「俺もそういうもんだと思ってるよ澪ちゃん」
「うわっ?!」

 澪の背後から現れて、ぎゅっと後ろから抱きしめたのは、先程の澪のことばに感動している真っ最中らしい及川徹だった。教室にそっと入って来た時点でキャップは気づき、瞳の色に冷たさが宿るも、澪はまったくきづかず。
 澪の肩口に顔を埋めながら『今日でしねる』と呟いている及川徹に、ますますキャップの謎は深まる。

「本当にこいつのどこがいいわけ…」
「あはは。ねー」
「いや、ねー、じゃなくて」

 普段の澪は及川に対して塩対応である。しかし、その視線は温かく、及川を見つめている時の目なんか優しさに満ち溢れた聖母のようなもんだ。キャップはそれがいつも不思議でしょうがなかった。及川は愛され上手な性格をしているが、澪から向けられる笑顔の時だけは本気で照れているわけで。

「そうやって難しいことばっか考えてるから彼氏できないんだよお前」
「………うるせー」
「え、もしや本気で悩んでる!?いいじゃん付き合っちゃえば。ゆだっちとも仲いいあの人の良さそうな奴でしょ」

 ねぇ澪ちゃん、と澪の鼻先スレスレまで顔を近づける及川に、澪はぐいっとほっぺをつかんでひきはがす。

「もし付き合ったとしてもそういう距離になれる自信が無いし、無理」
「俺と澪ちゃんだって最初からこの距離感じゃないけど」
「え!?そうなの!?」
「最初からこんなことされてたらビンタしてると思う」

 最初は手をつなぐのもドキドキで、小指と小指が触れ合うだけで心臓が飛び跳ねたものだった……と、語り始めた及川に、澪はスマホの画面をスイスイしながら相槌を打っている。

「……そういうもんか」
「そういうもんだよ。キャップは色々考えすぎかもね」
「ううむ……」

 及川は澪の肩にあごを乗せ、他愛も無い会話をしながら、ときどき澪のてのひらを掴んでは離し、澪の髪を梳いては流し。じゃれあいながら会話をする二人を見て、キャップは到底レベルが違うと頭を抱えたのであった。




「……まぁ、あんた達みたいな関係性になるまでには、相当な時間がかかるだろうね」
「何ソレ。もう付き合う気満々じゃん」
「ちっげーよ」

 昇降口でローファーに履き替えると、誰からともなく三人は澪を挟んで歩き出す。ローファーが足につっかえたのか、立ち止まって具合を整える澪に、及川がさりげなく手を差し伸べていた。

「……無駄に紳士だよねアンタ」
「澪ちゃん限定でね」

 そう言った及川があまりにも嬉しそうに笑うもんだから、少しだけ二人がうらやましく思えてくる。―――告白されて、すぐに無理だと答える気ではいたものの。少しだけ、ほんの少しだけ、考えてみてもいいかと、キャップが思う帰り道だった。


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