問題児が背中におぶさって来た問題事項。 土砂降りの中自らもずぶ濡れになった沖田が、死にかけの少女をおぶっている。目眩がしそうなその光景に、土方が言葉を失った瞬間、近藤はすぐさまタオルと毛布を持ってくるよう手近の隊士に告げた。 泥に塗れた少女の身体が、先日入ったばかりのベテラン女中の手によって、綺麗に磨かれる。あっという間に浴衣に着替えさせられ、小汚かった全身がようやく元の状態に戻されるも、泥の下にあったのは、小さな傷や大きな傷の痕だった。 常駐医によって鎮静剤が打たれ寝かされると、今度はあらゆる薬が入った液やら何やらを点滴され、今に至る。すうすうと寝息を立てて眠る少女の部屋から少し離れた応接間で、土方と近藤、そして沖田は向かい合っていた。 「………で、どっから盗んで来た」 「だから、拾ったんです。盗まれるナリしてねェでしょ」 「拾って来たってお前……あんなやばそうなニオイしかしねェガキ、どこで拾うんだよ」 「三丁目の路地裏」 「お前また試し斬りの機会狙ってたな!?」 「しょうがねェでしょ。まだ組織になって日が浅いからって、抜刀命令出ない限り抜けもしないなんて馬鹿馬鹿しいとしか言えねェや。斬りかかられてやり返しました、なら文句ねェだろうし」 「!……頭いいな総悟!」 「近藤さん、やめてくれ」 大きな溜息だけが、和室に響き渡る。 沖田が拾って来たのは、少女だけではない。少女の腰にさがっていた刀一振。見てくれはただの凡刀、しかし引き抜いてみれば、それはあまりにも使い込まれていた。 「攘夷の残党の下っ端か……あるいはその辺のゴロツキの手下か。いずれにせよ素性が明らかにならねェ限り、置いとくわけにはいかねェよ」 「いいんじゃないか?まだ組織も固まっていないし、隊士も募集中だし。一人紛れ込んだところで―――」 「近藤さん、アンタがそれ言っちゃいけねェよ。組織になって日が浅いと言えど、俺達ゃお上の下にある。どこの馬の骨かもわからねェようなガキ引き入れて、挙句機密情報でも持ち出されてみな。それこそ俺ら全員の首揃えても足りねェ」 「だがなぁ……あんなボロボロだったんだ。身寄りがないに決まってる」 「まだ話したこともねェってのに、肩入れしすぎだ」 近藤の気がかりは、沖田が拾って来たことだった。 元々沖田は、未だ十五にも満たないながらも、年齢以上の経験をしてきている。それこそ、そこらの男より肝が据わっているのも確かだった。だからこそ、状況判断能力にも長けているし、故に迷惑事に自ら首を突っ込んでいくタイプではない。 その沖田が持ち込んで来た厄介事。近藤はどうも簡単に捨て置けなかった。 「なら、話聞いて納得すりゃあ文句は無い。そういうことですね」 「それだけじゃダメだ。仮にうちで雇うんなら、それなりの腕もな」 「腕、ね」 硬く固まったてのひらの肉刺。使い込まれた刀。 ただの行き倒れの少女ではないことくらい、土方もわかっていた。沖田は納得したように呑み込むと、そのまま立ち上がり部屋を後にした。 「珍しいなあ、総悟があんなに固執するなんて」 「………暇なだけだろ。どうせすぐ飽きる」 「そうは見えんがなあ」 頭を抱えながら、近藤は考えていた。沖田がそこまでして固執する理由―――暇つぶしにしては、やたらと食い下がるところも含めて。 「………アンタもちょっとは警戒してくれ」 土方のぼやきが木霊していた。 少女が眠る部屋の襖を開けた。沖田は音も気配も消したはずだったが、少女は目を開けていた。 「目ェ覚めたか」 沖田がそう声を掛けると、少女は一度頷いた。そして自らの刀が無いことに気づくと、辺りをきょろきょろと見まわした。 「お前の刀なら、預かってる。ちゃんと持って来てるから心配すんな」 「………」 少し安心したような表情をみせた少女に、沖田は表情ひとつ変えず、布団の傍に腰掛けた。敵意がないことを強調しながら、再び少女に視線を戻す。 「―――で。お前誰」 適当過ぎる質問に、少女の瞳が少しだけ大きくなるのを、沖田は見逃さなかった。 「どっから来た。名前は。年齢は」 「………梅。東雲、梅。十四歳」 「敬語使え。今俺お前の飼い主だから」 「っ、……はい」 随分素直だな、と少し驚く。飼い主、なんてつもりはなかったが、そうでもしなければ警戒は解けない。現に今も、少女の緊張感は続いたままだ。 「どこから来た?なんで刀なんて持ってた」 「………それは……言えない、………です」 「………ふーん」 沖田が刀を引き抜いて、布団目がけて振り下ろしたのは一瞬の出来事だった。少女―――梅の首があったであろう場所に突き立てられた刀。寸でのところで上体を起こし、間合いをとった梅に、沖田は僅かに目を剥いた。 「へえ、なかなかやるじゃねェか」 「………っ、」 「逃げられねェよ。お前がここで俺に洗いざらい話さないんなら、お前はここで死ぬ」 「……………」 「俺まだクソガキなもんで。物事の分別つかねェんでさァ」 我ながらよく言う。沖田は自分で言って少し笑った。梅は一定の間合いを取ったまま、眉間に皺を寄せていた。逃げ場がないと踏んだのか、そのままその場に正座をしようとしたとき。梅は膝から崩れ落ち、そのまま布団に顔から突っ込んだ。未だ万全の状態でないことくらい、お互いわかっていたことだった。 ぐさり、梅の頭の真横に刀が刺さる。見下ろしながら、沖田は言った。 「話すか話さねェか、二つに一つ。生きるか死ぬかのがわかりやすいか」 しばしの沈黙の後、梅は小さく呟いた。 「………戦争から、にげてきた」 消え入りそうな声の先に、僅かながらの涙が含まれていた。沖田は先程よりも大きく目を剥いた。―――攘夷浪士だったか。ハズレくじにしちゃあ物が大きすぎた。 沖田は刀を引き抜いて、鞘におさめた。そして梅の身体を仰向けに戻すと、そのままばさりと布団をかけてやる。情は無い。しかし、豪雨の中自分に向けられたあの瞳は、人の死を見て来た結果だというのなら。 「―――お前のその 沖田は嗤う。 少女の小さな手を取って、その指先に噛みついた。滲んだ赤は鮮やかだった。朦朧とする意識の中で梅は、沖田の目を見て思う。 ―――残酷で暖かいこの人を、一度失いかけた命が尽きるまで、信じてみる価値はある、と。 |