「へェ〜。それが理由で今日一日お前は市中見廻りと」

 万事屋のソファに寝転がりながらテレビを見、挙句ぼりぼりと激辛せんべいをかじる梅にむかって銀時が鼻クソを飛ばす。隊服姿の梅がたずねてくることはそう珍しくないが、こうして思い切りサボるのは滅多になかった。

「そうそう。まァなんだかんだ借りもあるしね〜」
「この状況的にその借り返せてるとは思えねェけどな」

 白昼堂々サボるとは、税金泥棒もいいところだ。
 しかしこうしてお菓子をたんまり買い込んで来たあたり、銀時に一切の利がないわけではない。

「お前は会わなくていいの」
「しばらく江戸にいるみたいだから、改めて挨拶に行くよ。今日くらい、姉弟水入らずのほうがいいでしょ」
「そういう気遣い出来たんだァ………」
「人をなんだと思ってんだ」

 激辛せんべいの最期の一口を口の中へと放り投げると、梅は『辛ェ〜〜』と言いながら手で顔を仰いだ。

 こころなしか、一人のせいもあって今日はテンションが低い。銀時はそう察していた。本当は自分も行きたかったんだろう。
 深追いした鼻クソが結局取れず、少し苛立った銀時ががたっと立ち上がる。その音に気づいた梅がちらりと銀時を見上げると、彼もまた顎でくいっと玄関のほうを示した。

「パフェ食い行くぞ」
「え、今から?」
「当たりめーだろ。言っとくけどお前、俺にも借りあるからな」

 奢れよ、と言ってさっさと歩き出した銀時を、慌てて梅が追う。
 気晴らしついでに出た外は、雲一つない晴天。すたすたと歩き始めた銀時に、少し後ろを梅が歩く。

「銀ちゃんもしかして気遣ってくれた?隊長が姉弟と出かけてるって言ったから」
「自惚れんじゃねーよ。俺が今すぐパフェが食いてェってだけだ」
「あ、そう」

 振り向きもせず言った銀時の真意はわからないが、それでも連れ出してくれたのが梅は素直に嬉しかった。両手を後ろに回しながら、少し明るい雰囲気になった梅に気付いたのか、銀時が嫌そうな表情を浮かべる。

「お前勘違いしてるだろ」
「別にぃ」
「嘘つけ、お前俺に優しくしてもらったとか思ってんだろ」
「思ってないよ、優しくないじゃん」
「いや優しくないは嘘だろ!優しいだろ十分!」
「はいはい、優しい優しい。ほら着いたよファミレス」

 到着したファミレスの小さな階段を上がって、梅はドアを開いた。どうやらパフェのアイス増量キャンペーン中らしい。

「いらっしゃいませ〜お好きな席へどうぞ〜」

 やる気のない店員の声に適当に相槌をうちながら、窓側のボックス席を探し当てた時だった。
 不意に梅の袖口がぐいっと引っ張られたかと思えば、すとんとソファ席に座らせられる。気が付けば銀時も隣に座っていた。目の前には綺麗な女性が少し驚いた様子でこちらを見ており、二人は目を白黒させながら、自分達を引きずり込んだ張本人を見つめた。

「紹介します。大親友の坂田銀時君と、東雲梅ちゃ………」
「なんでだよ」

 ガシャァァァン、とそのまま銀時の手によって何故か梅までテーブルへと顔面からダイブする。
 主犯の沖田が血塗れになりながら顔を上げると、間に挟まれた梅もまたわけもわからず顔を上げた。顔は血だらけだった。

「いつから俺達友達になったよ」
「なんで私までやられたのかな」
「旦那、友達って奴ァ今日からなるとか決めるもんじゃなく、いつの間にかなってるもんでさァ」
「無視なのかな」
「そしていつの間にか去っていくのも友達だ」
「すいませーん、チョコレートパフェ三つ」

 何故か二人とも梅のことは視界にも耳にも入っていないらしく、勝手に去ろうとした銀時を引き留めたのは沖田の甘言のおかげだった。

「友達って言うかァ、俺としてはもう弟みたいな?まァそういう感じかな〜なァ総一郎くん」
「総悟です」
「こういう細かいところに気が回るところも気に入っててねェ。ねっ、夜神総一郎君」
「総悟です」

 大好きなチョコレートパフェを三つも前にした銀時の舌はいつも以上にべらべらと回る。梅はこの世の終わりのような表情を浮かべながら、巻き込まれている自分の状況をひたすら恨んでいた。

「またこの子はこんな年上の方と………それで総ちゃん、お隣は?」
「あァ、コイツも俺の親友の下僕です」
「親友の下僕って何?なんか言葉の表現的に銀ちゃんの下僕になってるよね?」
「まァ、女の子のお友達が出来たのね」
「生物学上的には」
「それ以外でも女の子だよ!!」

 猛烈なツッコミを入れた梅だったが、沖田の姉―――ミツバは、にこにこ笑いながらその様子を眺めていた。ぱちりと目が遭った梅は、恥ずかしそうにぺこりと頭を下げる。

「初めまして………しっ、東雲梅と言います。弟さんにはいつもお世話に……なってます………」
「すっげー悔しそうに言うのな」

 歯を食いしばりながら『お世話になります』と言い遂げた梅をみて、銀時は何とも言えない気持ちになる。いじめられっ子がいじめっ子に『いじめられてない』と先生に言わされているのを見ている気持ちに近かった。

「よろしくね、梅ちゃんって呼んでもいいかしら」
「あっ、はい……ぜひ」

 年上の女性と喋った経験が乏しい梅は、もじもじと身体をよじりながらこくりと頷いた。その様子を見ていた沖田は、心底鬱陶しそうな表情を浮かべる。

「旦那も梅も、頼むぜ。姉上は肺を患ってるんでィ。ストレスに弱いんで、余計な心配かけさせたくねェんでさァ。もっとしっかり友達演じてくだせェ」
「友達演じるって………大体こいつに限っては友達でもなんでもねーだろうが。お前の女だろうが………ってなんかいざ口にするとなんかめっちゃ腹立つな。謝れ」
「やだ隊長、こんなところで俺の女なんてやめてくださいよ」
「んなこと言ってねェから罰としてお前が旦那に謝れ」
「ごめん銀ちゃん………いやなんかおかしくないですか」

 三人がぼそぼそやっている間、ミツバの手元はとち狂っていた。
 懐から取り出した“DEATH”と記されたタバスコ。パッケージにはドクロマークがでかでかと印字されており、見るからに死を彷彿とさせる赤さだった。それをびちゃびちゃと無心でパフェに振りかけているのだ。

「あれ?ちょっとお姉さん何やってんの?ねェちょっ………お姉さんんんん!!それタバスコォォォォオ!!」

 もはやチョコレートパフェの面影は無かった。ただの真っ赤な化け物と化したパフェを見て満足そうに微笑んだミツバは、銀時と梅へと顔を上げる。

「総ちゃんがお世話になったお礼に、私が特別おいしい食べ方をお教えしようと思って………辛いものは、お好きですか?」

 その視線にどこか既視感を覚えるのは、真顔の沖田となんら遜色ないからだった。もはや条件反射的にガタガタと震えだす梅をよそに、銀時が冷静に切り返す。

「いや辛いものもなにも………本来辛いものじゃないからねコレ」
「あっ……そ、そうだ私今アレ………痔だったわ……コレはちょっ、ちょっとヤバイかもなァ〜なんて」
「う゛っ………やっぱり………ゲホッ………お嫌いなのね、総ちゃんの………友達なのに………ゴホッ」
「好きですよね」

 白刃が梅と銀時の顎下にあてがわれ、既にそこに選択肢など皆無だった。

「あ、あはは………アレかも、好きだったかも………そういえば………」
「やっぱり!いいですよね、辛いもの。食が進みますよね、私も病気で食欲が無い時何度も助けられたんです」
「そ、そうなんですね……夏バテ予防にも、なりますしね………」
「そうなの、それに美容にもいいのよ。梅ちゃんみたいなかわいい女の子はみんな食べてるかもしれないわ」

 菩薩も眩むような眩しい笑顔が梅の心にぐさぐさと突き刺さる。震える手でスプーンを手に取ると、銀時の手がバッと梅の手の上に伸びた。

「で、でもパフェもう食べちゃったからちょっとおなかいっぱいかな、なんて」
「ゲホッゴホォォオッ!!ゲホッゲホ、ゴホォォオ!!」

 堰を切ったかのように咳き込み始めたミツバに、思わず銀時が立ち上がる。

「なんでェェェエエ!!!」
「旦那ァァ!!」
「銀ちゃん、今!!今しかないからァ!!」
「みっ………水を用意しろォォオオ!!!」

 意を決した銀時がスプーンを手にとり叫んだ時、再びミツバは赤い吐しゃ物を吐き散らしながら咳き込んだ。

「ゲホォォォオオオ!!」
「姉上ェェェ!!」
「んがァァァアアア!!」

 そして銀時はその日この世の唐辛子全てを焼き払う決意を胸にこめた。
 まるで宇宙の藻屑のようにゆっくりと地へ倒れていく銀時に向かって、梅はしずかに合掌する。どさくさに紛れて自分は事なきを得ていることがバレないよう、静かにトイレへと立ちながら。


●○●


 その日は、日が暮れるまで遊び惚けた。
 ゲームセンターやバッティングセンター、甘味処にパチンコまで。武州には無いものばかりで、ミツバもそれなりにはしゃいだ。何より久しぶりの弟との再会が嬉しかったのだ。

「今日は楽しかった。総ちゃん、色々ありがとう。また近いうちに会いましょう」
「今日くらいうちの屯所に泊まればいいのに」
「そうですよ、私の部屋に布団敷けばいいんですから」

 ミツバの嫁ぎ先の家の前に、四人は並んでいた。 
 立派な屋敷を見上げて、銀時は感心している。沖田と梅は再三ミツバに屯所に泊まるよう勧めたが、ミツバは用事があると言って断ったのだ。

「坂田さんも、今日は色々付き合ってくれてありがとうございました」
「あー、気にすんな」

 沖田が梅に目配せをする。
 そろそろ時間かと梅もまた居ずまいを整えた。

「それじゃ姉上、俺達はこれで」
「あ………、総ちゃん」

 そんな沖田に、どこか縋るような声色で引き留めたのはミツバだった。虚ろげな瞳に、昔の面影が宿っていた。沖田は嫌な予感がして、視線を外す。

「………あの人は」
「野郎とは会わせねェぜ」

 今日一日過ごしていた様子とは打って変わったような低い声に、梅の目が剥かれる。沖田はミツバの眼を見つめたあとで、梅の首根っこを掴み踵を返した。体勢を崩した梅が、ずるずると地面を引きずられる。

「今朝方も何にも言わず仕事に出ていきやがった。薄情な野郎でィ」

 すたすたと歩き始めた沖田に、梅は引きずられることしかできない。
 遠くなっていくミツバの切なげな表情に、慌てて梅は沖田に向かって声を掛ける。
 
「ちょっ………隊長!?どうしたんですか急に!っていうかあの人って、………うがっ、」

 急に手が離されて、梅はその場に放り出される。
 立ち止まった沖田は背を向けたまま、ポケットに手を突っ込んで再び歩き始めた。立ち上がった梅が、その背を追う。いつもより幾分も小さく見えるのは、気のせいなどではないだろう。

「隊長、一体どうしちゃったんですか」
「………なんでもねェ」
「なんでもなくないでしょ、あんな態度とって………ミツバさんびっくりしてましたよ」
「それ以上聞くんじゃねェ。虫唾が走らァ」

 その表情は、怒りを含んでいた。
 梅が思わず口をつぐんだ時、不意に沖田の携帯がプルルル、と鳴った。真っ暗な夜道に響く着信音に、面倒臭そうに沖田が携帯を取り出した。ディスプレイを見るなり、その表情は一変する。

「………わかりやした。すぐ行きまさァ」

 電話を切るなり、沖田は再び元来た道を走り出す。『えっ、何ですか!?』と状況もわからないまま、梅はただひたすら沖田を追うほかなかった。辿り着いたのは先ほどわかれたばかりの屋敷の前で、迷わずその中へと入っていく沖田に一縷の不安がよぎる。

「ここって、」

 中庭の方へと進んでいく沖田に、梅はただただついていく。
 やがて中からの灯りが漏れ出る中庭に、数人の話し声が聞こえ始めた。おそるおそる近寄っていけば、応接間と思しき和室には銀時と―――山崎、そして土方の姿が見える。

 その顔触れに梅は僅かな違和感を覚えた。

「もしかして皆さん、その制服は……真選組の方ですか?ならばミツバの弟さんのご友人………」

 聞き慣れない男の声に、梅はぴくりと肩が跳ねる。
 引き返そうか迷い始めた時、沖田が堂々とその話し声に割って入った。

「友達なんかじゃねェですよ」

 沖田の声に、はっと男が視線を向ける。
 眉毛の凛々しい、佇まいにも雰囲気のある男だった。

「総悟くん………来てくれたか。ミツバが………」
「土方さんじゃありやせんか」

 沖田は堂々と土方の目の前に詰め寄ると、何の感情も映しえない表情を浮かべたまま、土方を見上げた。土方の厳しい視線もまた、動揺の色ひとつ見せなかった。

「こんなところでお会いするたァ奇遇だなァ」
「………………」
「どのツラさげて姉上に会いに来れたんでィ」

 部屋の空気が凍るのを、梅も山崎も、せんべいを頬張り続ける銀時も、一瞬にして感じ取った。ぴりっとした雰囲気の中、何故かアフロ頭になっている山崎がぶんぶん腕を振りながら話を割る。

「ち、違うんです沖田さん!俺達はここに………ぶっ!!」

 遮るかのように、土方のローキックが山崎の顔面にクリーンヒットした。その首根っこを掴んで歩き始めた土方は、たった一言、

「―――邪魔したな」

 そう告げて部屋を去っていく。
 縁側を通り抜けながら、土方は隣室を横目に見遣る。床に伏せったミツバの不安げな視線と、冷ややかな土方の三白眼から放たれる視線がかち合ったのは一瞬のことだった。

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