「だァ〜〜くァ〜〜〜るァ〜〜〜!!!俺はやってねェの!!こいつが俺のケツ見るなり『天国みてみなァい?』って鷲掴みにしてきたの!!こんなきったねェ青ヒゲモンスターと痴話喧嘩するなら天国逝くわ!!マジで昇天してやるわァァァ!!」

 銀髪天然パーマの雄叫びは、かぶき町の一番街の晴天へと吸い込まれていく。

 山崎は大きく溜息をつきながら、真選組との因縁が深くなってきつつある万事屋オーナーと、地べたに転がるようにしてしくしくと涙を流すガテン系オカマを交互に見遣った。

「ひどいわ!遊びだったなんて……ゆるせないっ、言ってやるんだから!西郷のママに言いつけてやるんだからァァァ!!!」
「それはお前チートだろうがァ!!そういうのは当人同士でなんとかすんのが道理だろ!な、ジミーくん君もそう思うよな?」
「旦那………示談金のアテはあるんです?」
「ぶち殺すぞジミーてめェェェ!!あるわきゃねーだろあってもこんな岩海苔の祟り神みてェな奴に渡す金なんぞ一銭たりともねーっつの!!」
「あァもう駄目私精神的に………精神的屈辱を受けてしまったから私もう………まだ午前中なのに顎まわりが………」
「大丈夫ですよ、今女性隊士が来ますから」
「お前金でも握らされてんの!?なんでそんなにそっち寄りなの!?俺被害者だっつってるよねェ!?」

 天下のかぶき町往来、まだお天道様が真上にも昇りきらないうちにもめ事を引き起こした銀時は、二進も三進もいかなかった。それもそのはず、酔っ払いのオカマに朝からケツを鷲掴みにされ、あげく投げ飛ばしたら被害者ヅラをしてパトカーを呼ばれたのだ。そこに駆け付けたのが山崎だったのだが、どうにもこうにも話が前に進まない。

「そうやってすぐキャンキャン吼えるから肝っ玉も縮んじゃうのよ銀さん」
「もういいわかった、俺が悪かったから、示談金も払うから、最後に一発殴っていい?いいよね?いいよねジミー?」
「ダメですよ!これ以上罪を重ねてどうする気ですか!」
「お前もまとめてぶん殴っていいかなもういいよね?立派な正当防衛だよね?精神的苦痛を受けたってことでいいよね?」
「落ち着いてください旦那、もうすぐ別の隊士が来ますんで――――あ、きたきた!」

 サイレンを鳴り響かせながら、一台のパトカーが三人の前に停車する。

 山?いわく、話の分かる奴らしい。助かった、銀時は心の底から有難いと思えた。脳内ミントン畑の山崎じゃ進む話も進まない。こんな役立たずを警察にした国が全部悪い。幕府転覆もやむを得ない。

「ったくもう何なんですか朝から触っただの触らないだの……このご時世恋愛は男女だけじゃないですよ、男男だってなんの問題もないんですからお尻のひとつやふたつ貸してあげれば――――痛ァァァアアアア!!!!」

 銀時のこぶしが、梅の脳天を直撃した。

 地面へと顔面からめり込んでいった梅に、銀時は背を向けて唸り始める。顎に指をあて、首をひねり、おかしい、おかしいと呟きながら。言葉を失っているオカマと山崎を他所に、ぱらぱらと土埃が舞っていた。

「俺はついに幻覚が見えるようになった。これもお前ら二人からの精神攻撃の賜物だよ」
「旦那………これ公務執行妨害なんですけど………」
「いやァ俺最近おかしかったもんなァ。飲んだ覚えのねェいちご牛乳がなくなってたり?三日で米十キロ消費してたりさァ。よかった、俺多分病気だったんだわ。わかってよかった」

 だらだらと冷や汗を垂れ流しながら勝手に一人で自己完結してしまっている銀時の背後で、生まれたてのバンビのように立ち上がる女が一人。
 梅は頭を押さえながら、必死に山崎に訴えかける。

「う………ぐ………っあれ、大丈夫?私頭取れてない?取れてないですか?」
「う、うん大丈夫………血だらけだけど大丈夫だよ………梅ちゃん」
「じゃかァしィィイイイイ!!!」
「そうはさせるかァァァア!!!」

 今日何度目かもわからない銀時の大声、同時に繰り出された木刀、洞爺湖による打撃は寸前のところで引き抜いた梅の刀によって受けられる。ぎちぎちと音を立てながら鍔迫り合いをする二人だったが、諸悪の根源であるオカマは既に興味無さげに爪をいじくるばかりだった。

「お前何してんだこんなところで、あ゛ァん?何だその恰好、喧嘩売ってんのか冗談なのかはっきりしやがれこのクソチビ中二病野郎」
「仕事に決まってんでしょうがこの万年天然パーマ、中二病は私じゃねーし!!」
「似たようなもんだろうが相変わらずそっくりな顔しやがって」

 銀ちゃんはしかめっ面のままわたしをもういちど見ると、今度は大きなため息をつく。梅は居心地悪そうに刀を腰へと仕舞うと、山崎のほうへと向き直った。

「ザキさん、あとはこっちでやるんで」
「え、あとはって………え、どこ行くのォ!?」

 梅はパトカーの助手席を開けると、銀時に向かって乗るようにと合図した。オカマと二人残されかけている山崎は動転しながら梅に声を掛けるも、聞く耳を持つ気配はなく。銀時は助手席に乗り込むなり、バタンとドアを閉めた。

「市中引き回しの刑ってことで」

 適当な梅の言葉に、山崎もオカマも、ポカンと口は開いたまま。






「職権濫用っつーんじゃねェの、こういうの」
「懲罰真っ最中でしょ、どう見ても。なんならスピーカー繋げて『この人はオカマに痴漢を働きました』って触れ廻ってもいいけど」
「勘弁して」

 何度無線が入っても、梅は応答しなかった。無線機の奥から、『梅てめェいい加減にしろよコラァァア』という土方の怒鳴り声が聞こえてくる。梅はおもむろにパトカーを停めると、無線機の受話器を持ち上げて呟いた。

「土方さァん」
『………てめェやっと出やがったか』
「一時間だけ、時間ください。給料天引きでもなんでもいいんで」
『あァ!?勝手なことぬかしてんじゃ………』

 銀時が梅の手から受話器を奪い取る。目を丸くする梅をよそに、銀時は表情一つ変えずに口を開いた。

「あーあー、土方くぅん?聞こえるぅ?」
『………なんでてめェの声がすんだ』
「おたくのじゃじゃ馬、ちょっと借りるわ。市民との交流っつーことで勘弁して」
『てめェ………』

 ガチャン、と強制終了させると、銀時はハザードランプを乱暴に押した。一時間。全てを語るには短く、しかし感覚的には途方もなく長く。気まずい車内、先に口を割ったのは銀時だった。

「………お前もしぶてェな」

 何から話したらいいのかとぐるぐる頭を巡らせていた梅にとって、突拍子もなく、そして銀時らしい一言だった。その一言が懐かしささえ彷彿させ、梅はくつくつと笑いだす。突然笑い出した梅に、銀時はちらりと横を見ては溜息をついた。

「………なに笑ってんだよ。俺なんか面白おかしいこと言いましたかァ」
「いやだって………ぶふっ………確かに私、しぶといなと思って………」
「血だろ。もはや才能。誇っていいぞ」
「あはは、じゃあ仕方ないか」

 まだ人生半分もいかないうちに、あらゆることを経験しすぎた自分自身にとって、諦めのつくこともあればつかないこともあった。心の中には、常に光と常闇が同居している。それに慣れ始めた今、旧知の仲である銀時との再会は、梅にとって何にも代えられなかった。

「土方さんと知り合いだったんだね」
「知り合いってほどでもねェけどな」
「じゃあ隊長も知ってる?」
「隊長って………あー、沖田くん?知ってるよ、あのドS小僧だろ」

 その言葉に顔をほころばせた梅は、シートの上に体育座りをした。つま先を手の指先ではじきながら、記憶を辿るようにして呟く。

「四年前、拾ってくれたの沖田隊長なんだ」

 降りしきる雨の中、伸ばした手を掴んだのは自分とそう変わらない大きさの手。死にたくない、そう彼に告げた時、その口許は静かに笑った。あの日以来、自分の命は自分だけのものではなくなった。梅はそのつもりで今日まで生きて来たのだ。

「いま私、人の為に生きてるよ」

 生きる理由を見出したことなどなかった。

 目の前の死から逃げることに必死だったからだ。その死と向かい合った時、自分が今まで何のために生きて来たのかを思い知らされた。
 切れかけの水銀灯がちかちかと点灯していた。黙る梅に、窓の外を眺めながら銀時は言った。

「………どこぞでくたばってんじゃねェかって、思ったこともあったけどよ。お前があっさりくたばるタマとも思えなかった」

 護りたかったものが、てのひらからすり抜けていく感覚。銀時はそれを思い出さないように、ぎゅっとこぶしに力を籠めた。

「梅」

 梅のほうへと視線をうつし、銀時は言った。真っ直ぐ突き刺さる眼光が、いつかの二人を思い起こさせる。
 兄より兄らしかった。求めているもののひとつもくれない兄の背中を追いかければ、歩幅があわず転んでばかりで。そのたびに手を差し伸べてくれたのは、兄代わりの彼らだった。その中でも銀時は、梅にとって一番の兄貴分だったと言える。


「生きてて、よかった」


 ほろり、こぼれ落ちた梅の涙を、銀時は着物の袖で乱暴にふき取った。幼い頬に伝う涙を、汚れた戦装束で拭ったあの日のように。

「何で泣くんだよ」
「………泣いてない」
「お前そういうとこもそっくりだな」
「言わなくていい、そんなこと」

 叶う再会に、彼らの記憶は巡る。季節はまた、夏を呼ぼうとしていた。

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