「あー、無理です無理無理。私そういう権限持ってないんで」

 小動物のような眼の形、黒い瞳に映るは調書と思しき書類だけ。ああでもないこうでもないと未だ連行を拒否する男にも容赦なく、目すら合わせず。特注で誂えたのか、小さな隊服に身を通した小柄な体には、あまりに不似合いな太刀が一振。

「いやいやいやそこをなんとかしてよお嬢ちゃァん、これカミさんにバレたら今度こそ出ていかれちゃうんだってェェ」
「だから前回言ったじゃないですか。次は警告じゃ済みませんよって。ここのお店は女の子と仲良くお酒飲むだけ、触っちゃダメなんです」
「そこをなんとか、頼む!おっ、お金ならあるんだよ、まだ君若いだろ?こ、困ってるんじゃないのォ?お金、お金あげるからさ、今回だけは見逃して――――」

 一瞬、ネオンに反射した何かがきらりと光る。

 男が一呼吸しないうちに、大きな太刀が男の足と足の地面に突き刺さっていた。パトカーで待機していた山崎が大きな溜息をつく頃。男が大量の脂汗を垂れ流し、呼吸すら忘れてしまった頃。調書にサインを終えた梅はにっこり笑って告げた。

「ザキさん、連行」

 声にもならない虚しい叫びは、パトカーのサイレンと共にかぶき町から消えていく。一件落着、仕事を終えた梅は息をついた。刺さったままの刀を引き抜き、再び鞘に納める。このまま夜の巡回をして帰ろうと、呼びつけたキャバクラの取りまとめ役、お妙に向き直った。

「とりあえず、あとはこっちで処理しますんで。またお話聞きに来たりすることもあるかと思いますが……」
「ありがとう。いつも呼び立てちゃって、ごめんなさいね」
「いえいえ、いつでも呼んでください」

 それじゃあ、と言って梅が踵を返した瞬間、今度はお妙の手が梅の首根っこを捕える番だった。ひょい、と簡単に捕まえられ、挙句びくともしないその力の強さに、梅の背筋がぶるりと震える。

「それじゃあ、ここからは個人的なお願いね」

 ゆっくりと振り返れば、貼り付けた笑みの向こうに割れんばかりの怒りを抑えたお妙の般若面―――否、美しいご尊顔が待ち構えていた。






「おぉ〜〜!梅ちゃん!なんでここに?一緒に飲んっぐふォォォォォオ」

 手近にあったワインボトルをその眉間にぶん投げた梅に、近藤はそのまま後ろへと倒れていった。流血しながらびくびくと動く身体、しかし梅は容赦なくその死体になったゴリラの足をつかみあげた。

「どうもお世話になりました。真選組土方十四郎宛てに請求書送っといてください」
「毎度ありがとうございます」

 さっさとスナックすまいるを後にしていく梅の背中とゴリラの死体を見て、カタがついたと満足したお妙が再びにっこりと笑って頭を下げる。背後で新人キャバ嬢達が怯えながらざわついていた。

「心配しなくて大丈夫よ。あの子、近藤さんの部下だから」
「上司死んじゃってましたけど……」
「大丈夫よ、部下だから」
「いや何の解決にもなってないと思うんですけど……」

 そんなやり取りが行われていたことなど露知らず、店を出た梅は手際よくパトカーの応援を要請した。しばらくして、原田が運転するパトカーが店前へと停車した。

「すいません原田さん」
「いいよ、梅ちゃん今日は災難続きだもんな。非番だろ?」
「………そうです、非番です。本来なら今頃あの人が私の代わりに働いてるはずだったんです」

 非番―――それは梅にとって、約一か月ぶりのご褒美だった。やたらと仕事が立て込み―――それも皆自分の直属の上司によるものだということはわかってはいたが、誰に文句を言えるわけでもない。要請の連絡を受け、月9のドラマが始まろうとしていたテレビの電源を消し、泣く泣く制服に着替え、現在ゴリラの死体を後部座席に押し込んでいる。

「それはもう、ご愁―――」

 プルルル、プルルル。

 その着信音は、確かに梅の胸元から鳴り響いていた。真顔になる梅におもわず合掌しそうになった手を押さえ、原田は息をつく。

「………はい、東雲ですけど」
『五丁目で爆発。偶然サボって飲み歩いてた総悟に、飲み屋から出て来た浪士が喧嘩ふっかけたみてェでな』
「この電話は現在使われておりません」
『お前今近ェだろ。振替休日申請出しとけ。じゃあな』

 ぶつっ、と切れた電話口。劇場版マヨリーンのDVDを流していた土方は、要件を伝えるなりさっさと切ったのだった。震える梅の手、スマホがぎちぎちと歪みはじめるのを原田は見届けていた。

 本日二台目のパトカーを見送り、現場へと向かう。
 重い足取りを引きずるように歩いて行けば、煙がもくもくと立ち込めているのが見えてきた。大きな溜息をついたあとで、近づくほど濃くなる煙を払い避けながら進んだ先にあったもの。

「遅ェ」
「いやちょっと待って」

 焼野原となった飲み屋が一件、号泣するオカマが数十名。どうやらゲイバーだったらしい。その目の前で屍の山が一山。その上に座り込んでスマホを操作する諸悪の根源が一体。

「いやもう本当ひでェ話でさァ」
「本当にひどい話しですよ!!なんでオカマが泣いてて容疑者死んでるんですか!!」
「死んでねェよ。二、三人は生きてるって」
「絶対嘘だよ絶対死んでるよだってなんかもう土色だものみんな顔色土色だもの!!」

 梅がさけんだその瞬間、沖田の尻の下で『うう……』とうめく浪士が一人。よかった、これで取り調べが出来る上に所属している攘夷党の情報も聞き出せる、芋づる式に逮捕が出来る―――

「うるせェ寝てろ」
「あ゛ァァアア!!!」

 浪士の尻穴に、浪士の脇差を突き刺した沖田は飄々とした表情で立ち上がった。そうして再び梅に向き直ると、今度は不思議そうに顎に手を当て考え始める。

「………お前今日非番とか言ってなかったっけ」
「大正解です」

 沖田総悟氏に一万ポイント。

 梅は沖田に賞賛の拍手を送りたい気持ちが芽生えた。何せ絶対に覚えていないと思ったのだ。普段から梅の非番もクソもない、自分が梅を使いまわしたいときに使う、という考えである沖田が、梅が本日休みであることを知っている。それだけでも大きな進歩、梅にとっては天変地異レベルなのだ。

「もう今日いつも以上に働いてるんです。変態おさわり魔も捕まえたしゴリラも回収したし、挙句上司の尻拭いにも駆けつけてるんです。パトカー呼んであるんで、もう帰っていいですか」
「お前に俺のケツ拭く以外に何が出来るってんでィ。遊びじゃねェんだぜ」
「遊びで人のケツ拭けるかァァア!!本気で拭いてるんですよ毎度毎度!!でも拭いても拭いても絞り出して来るじゃないですか!!」
「俺の肛門括約筋はそんなヤワじゃねェ。出したいときに出すべき場所で出してる」
「何の話ですか!!」

 悪びれもしない沖田に、既に緒どころか底全て切り取られてしまっている梅の堪忍袋が爆発しかけた。しかし、ここでキレたところで沖田にはなんの効力も示さないことも知っている。

「とりあえず……もう応援来ると思うんで、一旦この屍を―――」

 重なった人間を引きはがすべく、梅が浪士の一人を起き上がらせようと手を掛ける。すると、うめき声を上げながら、力を振り絞った浪士が懐の小刀を取り出した。

「っふ、ざけ、やがって………幕府の犬がァァアアア!!」

 梅の足先めがけて振り下ろされた刀。しかし、梅は自らの足を振り上げると、そのまま浪士の手の甲を踏みつけた。カランカランと音を立てて地へと転がる小刀と、冷たい視線が突き刺さる。

「寝てろ」

 そのまま拾い上げた誰ぞの脇差を浪士のケツに突き立てれば、まるで何かのプレイかと思うような声を上げて浪士は静かになった。

「へェ、お前ソッチもイケるんですかィ」
「どっちですか………」

 嬉しそうな沖田の声とは裏腹に、すっ飛んで駆けつけているのであろうパトカーのサイレンが近づいてくる。

 もはや夜明けが近かった。今日は朝から通常勤務だというのに――梅は静かに項垂れる。日常、と言ってしまえばなんだかそれで済んでいる感じがしてくるが、梅にとっては溜まったものではない。

「明日――ってか今日か。あんみつ食いに行くぞ」
「なんですか急に………」
「なんかそんな気分なんでィ」

 伸びをしながら首を回す沖田に、梅は口許が緩んだ。

 これが日常。梅にとっての、何にも代えられない現在いまなのである。


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