「届きましたよー!」


 段ボールの中、溢れんばかりの赤、赤、赤。梅はその量の多さにも驚いたが、何よりそれを見て土方が表情一つ変えず、ひとつ摘まみ上げると自室へと持ち去ったことだった。

「激辛煎餅、痔不可避………」

 商品名にしてはなんとも食べるのを一瞬どころか永遠に躊躇われるようなそれは、どうやら古参メンバーからしてみれば日常風景らしく。仲良く分け合って食べる者、鼻から拒否する者、わりと口に合うのか何袋も抱えていく者など、様々だった。

 応接間に置かれた段ボールは全部でみっつ。宛先人は全て同じ、


「沖田ミツバ………」


 梅が初めて目にする名前だった。


「沖田隊長の、お母さん……?」
「お、また来た?」

 伝票とにらめっこをしていると、見廻り帰りらしい近藤がひょっこりと応接間に顔を覗かせた。梅は慌てて振り返ると、『おかえりなさい』と声にする。近藤はそれににっこりと答えると、今度は嬉しそうに段ボールの中身を取り出した。

「これなァ、俺は辛くて食べれないんだけど……トシも総悟も好きでなァ」
「へぇ〜……痔不可避、って書いてありますけど」
「そうなの!もうヤバイんだよこれ食べた次の日、ケツの穴増えちゃうから」
「増えるんですか……」

 痛みが凄いとかではなく、増える………

 梅は一気に目の前の煎餅が魔の食べ物に思えてきて、慌てて段ボールの中へと戻した。不意に、近藤が梅の手にある伝票を覗き込む。

「ミツバさん、相変わらず字が綺麗だなァ」
「この人……沖田さんのお母様ですか?」
「いや、総悟の姉さんだよ。アイツに親はもういないから」

 ――親がいない。

 初耳の情報に、梅は僅かに眼を丸くした。そういえば、家族の話は聞いたことが無かった。話すタイミングもなければ、聞くタイミングもなく。身寄りのない者も集められている組織であるからか、隊士の出自などは誰も口にしない。

「お姉さん……」
「総悟の育ての親みたいなもんだ。そりゃあもう綺麗な人で―――」
「こんなところにいやがった」

 がし、と梅の頭が掴まれて、無理やり上に向かされる。

 逆光でよく顔が見えないが、不機嫌そうな表情であることは伺えた。沖田は今日、夜番のはずだった。昼間は寝ているだろうし、変わって非番の梅は今日一日沖田とは行動が別になるであろうことを予想していたが、どうやらこの様子だ沖田は自分を探していたらしい。梅は寝間着代わりにしている浴衣の裾を払うと、彼が座れるスペースを開けた。

「何かあったのか?」
「昼寝しようと思ったら枕がなかったんで」

 くい、と顎で梅を指した沖田に、近藤が大きな声で笑った

「本当に仲が良いなァ!」
「枕……」

 梅のつぶやきは誰の耳にも届いていないようだった。近藤は段ボールから激辛煎餅と、そして同封されていた手紙を取り出すと、それを沖田に手渡した。

「ミツバさんから届いてたぞ」
「あー、どうも」
「ちゃんと返事書いてるか?」
「適当に」

 沖田はそれを懐にしまい込むと、梅の首根っこを掴んで歩き出す。『締まってる締まってる!!』という梅の叫び声は、うららかな春の陽気に吸い込まれていくのだった。


「………アイツに友達が出来たって聞いたら、喜ぶだろうなァ」


 近藤の呟きも、また。







「ぐぇっ」
「寝る」

 部屋の扉を全開にして、春の心地よい日差しが漏れている場所に梅をなぎ倒し。仰向けになった梅の腹に頭を乗せると、そのまま沖田はいつものアイマスクもつけずに眼を瞑った。

 身じろぎしたことによって、沖田の懐におさまっていた手紙が顔を出す。梅はそれをちろりと一瞥すると、ちいさく口を開いた。

「お姉さん、いたんですね」

 寝息が聞こえてこないあたり、まだ起きている。しかし動かない沖田に、梅は息を吐いた。

「姉弟想いの良いお姉さんですねぇ」
「………姉上はな」

 俺はどうかしらねーけど、とぶっきらぼうに答えた沖田の目が、僅かに開かれる。梅は自らの指先を木漏れ日にかざした。

「お姉さんだけですか?」
「あァ」
「おいくつなんですか?」
「土方と同じ」
「へぇ……」
「………」
「似てます?」
「さァ」

 聞いたことにきちんと返して来るあたり、苦い思い出というわけではないらしい。時々寝る前の小一時間を、文を認める時間充てている沖田を、梅は知っているのだ。宛先は毎度聞いても答えてくれなかったが、今日ようやく判明した。


「お前は?」


 寝たと思っていた沖田が、不意に口を開く。

 梅はぴくりと肩がはねた。沖田はそれを見逃さなかった。


「いますよ。兄が一人」


 懐かしそうな、それでいてどこか喉奥につっかえたような声。

 木漏れ日にかざした梅の指先は、そのまわりを縁取るように赤く染まっている。生きている証なのだと、昔誰かが教えてくれたような、遠い記憶。

「兄貴だけか」
「はい」
「何歳」
「土方さんと同じくらいじゃないですか?」
「へぇ……」
「………」
「似てんのか」

 先程とまるっきり逆だった。

 梅はしばらく黙り込むと、手を下ろして自らの胸にあてがう。鼓動が響いていた。


「全然、似てないですよ」
 

 無理に明るく作った声に、沖田は反応した。眼を開いて、起き上がる。咄嗟に梅の顔を見ると、そこにいたのは出会った時と同じ眼をした少女だった。

 思わず、その小さな手を取る。一年前のあの日よりも、自分の手が大きくなっていることを実感する。同じだった視線は、今はもう下にある。寝転んだままだった梅は慌てて起き上がると、驚いた表情を浮かべ、つかまれた手を見つめた。

「どうしたんですか」
「………別に」

 沖田は再び寝転んだ。今度は梅の真隣に。手を繋いだまま、空のてっぺんを通り越した太陽が、傾いていくのを感じながら。


「―――全部話せよ」


 響いた声は、いつもよりずっと小さい。


「俺にだけでいいから」


 真横に顔を向けると、沖田は既に寝息をたてて寝始めていた。腹の底、ずっと奥。凍ったままの何かが、少し溶ける音がする。


「――――はい」


 肉刺だらけのてのひら。繋がれたそれは、一年前より固く結ばれていた。

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