「でももうしばらく、恋はできそうにないかも。」


あの日以来、サンジはこれが口癖。
前に付き合っていた彼女のことを、何かの拍子に思い出してはこう言う。


この世に生まれてから色恋には無縁な生活を送ってきたゾロにとって、この手のサンジの痛みだとか辛さは、共感してやることのできない感情だった。


ただ一つ、サンジと出会って変わったこと。

それは何気なくサンジを見たときや、話を聞いている時。
時々何やら胸のあたりに、覚えのない妙な感覚が芽生えるようになったこと。

この感覚がどんな時にくるか、何が原因か、詳しいことはゾロには何も分からなかった。
ただ、その感覚は不思議ではあるものの不快感などはなく。
病気であるとかそういった類の心配はいらないということは確かだった。



今日の学校帰りも、サンジの家へと足を運ぶ。
あの日からゾロは毎日のようにサンジの元を通っては、ご飯を食べたり話をしたり。
繰り返すうちに仲は親密になって、2人の関係は他人から友人に変化していた。


今となってサンジの家は、もう一つの実家のようなもの。
しばらく1人暮らしをしていたゾロにとって、帰ると人がいる安心感がたまらなく心地よかった。




「おうおかえり、飯もうできてるぞ。」


軽く見慣れてきたドアを開けると、かけられる言葉。
ただいま、そう言って家の中へ上がる。

用意してくれた温かいご飯を食べ、くだらない話をして、思いっきり笑う。
するとふとした会話の弾みから、また前の彼女の話になった。


今日もゾロの心の中にはあの妙な感情が渦巻いていたが、特に気に留めてもいなかった。

今日は珍しく、サンジはその彼女との楽しかった頃の話をゾロに聞かせた。
どこに出かけた、何をした。
話している内のサンジの顔は、何だか嬉しそうな顔をしていた。
けれど微かに、だが確実につらそうな顔色も見せていて。


「あの頃は楽しかった。だけどやっぱり、恋は当分できないだろうなぁ。」


いつものように吐かれたその台詞。
けれどそう言う彼の表情は、いつもより暗く。
あの日と同じくらいの苦しげで儚い笑顔だった。


不意にゾロの胸の中で、黒い何かがドロッと溶け出したような感覚がした。
ドロドロとしたそれは、やがてゾロの胸の中一面にじわっと染み渡った。


ゾロには分からない。こんな感情は生まれてこの方初めてだった。
とにかくこの侵食を抑えたくて、思わず自分のシャツを鷲掴みにする。
鼓動がドクドクと速まる、何故だか目頭が熱くなって咄嗟に唇を噛み締める。


「駄目だ俺、まだ忘れられないみたいだ。」

そう何時ものように、しかし明らかに辛そうにへらっとサンジが笑った。
その笑顔に、ゾロの心臓はキリリと悲鳴を上げて軋む。
誰に向けてかは分からないが、微かに苛立ちも起こっていた。

何だろう、これってまさか…

「ゾロ…?」


サンジが心配そうに顔を覗き込んでくる。

─見ないでくれ、今の自分は何だかすごく、酷い顔をしている気がする…

「今日は、帰る」

「え、どうしたの急に。でも顔色もあまり良くないな…送っていくよ。」

「いい、いい。ちょっと色々1人で考えたい」

「そ、そう…?何かあったらすぐに言えよ」


サンジの言葉を聞き終わる前に、飛び出すように外へ飛び出した。
何も考えたくなかった、でも考えざるを得なかった。
走っているせいもあり、まだ鼓動がせわしなく聞こえる。



認めたくはない、一般的な観点とかタイミングとか色んな面で当てはまらないものが多すぎる。


でも、最近感じていたあの気持ちも。
さっきの黒いドロドロも。
こう考えれば、全て簡単に説明がつくんだ。


いつからだろう。
自分は、彼にあんな顔をさせられる女性に。
あれだけ愛されている女性に。

知らずの内に

嫉妬…していた…?


ということは…


ゾロは、あぁこんな感情辛いわけだ、と1人納得して自分の短い髪の毛をくしゃっと掴む。


本当ならこんな気持ちは無かったことにしたい

しかし、こんなに大きな気持ちを抑える術を、自分は知らない。

どうしたらいい


どうやら俺は、何やらとんでもないものに溺れてしまったらしい。


「──…最ッ悪だ…」


やっとの思いではぁっと大きな息を吐いたとき、ゾロの目からぼろっと1つ涙が溢れた。


それもそのはず

サンジは今だってあんなに、彼女を愛しているのだから。


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とっても急展開
計画性が皆無なこのシリーズ
無事に続くのか…!?

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