◎洋菓子店のおっさんじ×大学生ゾロ




大学からの帰り道である、人通りの多い街路を白昼歩いていた。
大学へ行ったはいいが、退屈な講義を最後まで受ける気にはなれず、今日は早退することにしたのだ。


何となく家に帰るのも勿体ない気がして、街路に並ぶ店の数々をフラフラと眺めながら歩く。
今流行の音楽だとか、服だとか、アクセサリーだとかがショーウインドウを飾る中、ふと漂った甘い匂いに足を止めた。


そこにあったのは小さな洋菓子店。
きらびやかな街中では決して目立つ建物ではないけれど、通気孔から香る優しい匂いは、きっと誰しもの興味を惹くだろう。

「…洋菓子店、オールブルー?」


入り口上部に書かれた店名を見つけたが、長年この道を通っている俺が聞き覚えのない響きだということは、最近できたのだろうか。


俺は中の様子を店先から覗いてみることにした。
心なしか子どものようにワクワクしている自分に、苦笑しつつも。


内装はシンプルだ。
家具や何や彩りは茶色など温かみのあるものが多く、花が飾ってあったり、そんな中でショーケースに並ぶ様々な洋菓子は、一際美味そうに見えたりした。

せっかくだし、何か買って食べてみようか。
すっかりこの店の雰囲気に呑み込まれた俺は、そう思いドアに手をかける。
それと同時に、背後から突然声をかけられたのだ。


「ねぇ」

「───…ッ!?」

「ずーっとウチの入り口の前で、何見てるんだ?」



驚いて思わずバッと勢いよく振り返ってしまった。
振り返ったその先にいたのは、大きな紙袋を片手に抱いた、ブロンドヘアと髭と煙草のよく似合う、ぐるぐると巻いた眉毛が特徴の碧眼の男だった。
ウチの前、というのだから恐らくこの洋菓子店の店主だ。


年は多分俺の二倍かそこらだと思う。
でもぱっと見二十代を思わせるほどその目は輝いていて、活力溢れる感じが見受けられた。

俺はその不思議な眼力と可笑しな眉毛に釘付けで、何も言葉が出ない。
そんな俺に男が年甲斐もなく首を傾げて訊いてきた。


「あ、もしかして店に人いなくて入れなかった?」

「いや、そういうんじゃ」

「あ〜ゴメン。買い足したい物があって、ちょっと出てたんだ。新作をいろいろ試したくて、」

「新作、?」

「丁度良い、昨日から寝かせてるのがあるんだけど、良かったら食べていく?味を見てくれる人が欲しかったところなんだ」

「いいのか?」

「勿論。よし決まりだ、入ろう」


ドアを掴んでいなかった方の手首をくっと優しく引っ張られて、店内へ入る。
俺の手首を掴む彼の手は、しっかりとして堅い、そして暖かくて大きな手だった。
この手から、あんなに沢山のお菓子が生まれるのか。


「ここに座って。じゃあ持ってくるから、ちょっと待っててくれるかい?」


黙って頷くと、男はショーケースの奥の厨房へと小走りで入っていった。

初めて入ったのに、妙に落ち着く店だと思う。
店内に入ればあの優しいお菓子の香りと、外からも見えた花の香りもして。
かと言って、女をターゲットに作っている感じもしなくて、だから俺も寄ってみようと思ったのだけど。

あの店主の人柄が出ているのか、親しみやすい店だ。

「お待たせしました、さぁどうぞ」


それから少し経って、美味そうな焼き菓子と紅茶を持った男が厨房から出てきた。

目の前に置かれた小さく綺麗な皿の上には、一切れのタルトが上品に乗せられていた。

飴色に輝くリンゴのタルトで、リンゴと砂糖の甘い匂いがたまらなく食欲を掻き立てる。


「タルト・タタンって言うんだ。見ての通りリンゴのタルト。紅茶はストレートにしておいたけど、紅茶、飲める?」


そう述べる彼の言葉も最後まで聞かずに、いただきます、と手を合わせて大きめの一口。

鼻を抜けるリンゴのいい香りとタルト生地のサクサクとした食感、砂糖の甘さとほろ苦さとリンゴの酸味が口いっぱいに広がった。
美味い、すごく美味い。


「……美味ぇ、」

「本当か!?」

口から零れたその言葉に、男は身を乗り出して喜んだ。
初めて作ったものだから、どんな味か自分でも詳しく味見はしなかったのだという。
感覚でここまでのものを作り出せるのは、正直すごいと思った。


「クソうめぇだろ!そりゃそうだ、俺が目を付けた料理だからな!」

「…あぁ、美味いな。甘酸っぱくて、美味い」

「そうだろ?フィリングには苦労させられたからな…味は絶対いいはずだ」


先程までの大人らしい落ち着いた風格とは一変、急に幼く喜ぶその姿に、思わず笑いが込み上げてきた。

俺が笑ったのを見て、彼もまた優しい顔で笑った。
その笑顔はまるでこのタルトみたいで、胸が鷲掴まれる感じがした。


それから、タルトを食べ紅茶を飲みながら、色んな話をした。

彼の名はサンジ。
やはりこの店の店主で、1人で切り盛りしているのだそうだ。

歳は36、これもやはり俺の二倍程多く人生を歩んでいる。
元々一流コックのレストランで修業を積んだらしいのだが、ある日突然甘いものを作りたくなったのだとか。

無類の女好きだが仕事が恋人などと言っているうちに、すっかりアラフォー世代になってしまった、と肩を落として話した。


「結婚に歳なんて、関係あんのか?」

「お前は、ないと思う?」

「よくは分かんねえが、何年生きてようが、自分がしてぇ時にすりゃいいんじゃねえか」

「…フフっ、若いねぇ。お前は、結婚を視野に入れた相手とかいないの?」

「ハァ!?ぃ、いるか!んなもん。まだ19だぞ」

「二十代なんてあっという間だぞー、今のうちに婚活、しといたらいいのに」

「興味無え」


そんな感じだもんな、なんて笑われて眉間に皺を寄せながら紅茶を啜った。


「でも、ゾロがそんな風に言ってくれるなら、おじさん頑張っちゃおうかなー」

「?何を。好きな女がいんのか?」

「いんや、こっちの話」


悪戯っぽく笑う顔が本当に大人っぽく見えない。
だがその楽しそうな顔に、心臓を高鳴らす自分がいる。
いや、嘘だろ、そんなはずはないと自分に言い聞かせても、尚更心臓は苦しくなる。

こんなの、まるで…


「可笑しいと思う?」

突然声をかけられて、思わず肩が跳ねた。
サンジが頬に触れてくる。
それに反応して触れられたところが徐々に熱を持ち始める。


「ゾロが、この店に惹きつけられて立ち止まったところ、見てたんだ」

「そしたらお前、クソキラキラした顔で店んなか見てるから、」

「あ、こいつだ、って。その瞬間まで女好きだった俺が、そう思ったんだ」

「36年生きてて、初めてだったよ。あんな感情は」



本当に俺を愛おしむようなその視線から、目を逸らすことができない。
頬に伸ばされた手を握る。
驚くサンジを見つめて。


「出会った時点で互いに負け、ってことか」

「え、それって」

「あぁ。店前で会った時には、もう堕ちてたと思う」


たまらずまた二人で同時に笑った。
ひとしきり笑った後に、どちらからともなくテーブルを乗り出してキスをした。
俺の唇をぺろっと舐めて、甘いなんて言うそいつを、一発叩いて抱きついた。


「こんなおじさんだけど、本当にいい?」

「言ったろ。年齢は関係ねえ」

「性別も?」

「関係ねえよ」

「ゾロ、顔がリンゴみたいに真っ赤だな」

「うっせぇ」


その身体からは長年吸っているであろう煙草の匂いがした。
それがひどく自分を幼く思わせたから、早く大人になろうと思う。
…なんて言ったら、時間を大切にしろだとかと怒られるだろうか。


俺が歩んでゆく時間は、こいつに追いつくことはないけど。
過ぎた時間は関係ない、俺はこいつとこれから先を並んで歩ける喜びを、密かに噛み締めた。

飲みかけの紅茶が、一揺れして跳ねて、祝福を香らせた。


─────────

難しいー!

人生経験の浅い私には
難易度が高かった…

長いうえにおっさんじが活ききらんかったけど
私は個人的にお気に入りです!

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