「今夜は、満月らしいな」


キッチンにいるコックが子どものような声を出した。
テーブルを拭いていた俺は、返事をしなかった。


「この天気だと綺麗に見えるんだろうなぁ、楽しみだ」


嬉しそうに目を細めて話すコックに、俺の胸がまたしても痛む。
そしてまた、嫌いで苦手な嘘を吐いた。

「そうだな」



昼間は、身体がぞわぞわと騒いで落ち着かなかった。
血液が、細胞が、この日をまるで待ちわびていたかのように騒いだ。
止めろ、静まれ、俺は望んでなんかいないのに。
何度も思った。



日が暮れて、もうすぐまん丸い月が空のてっぺんに姿を現すだろう。
群青の空に、大きなまん丸い月。
楽しみにしているだろうな。

それまでに、密かにここを去ろうと思っていた。
コックが月に夢中なうちに、ひっそりと、何も言わず、覚られぬうちに。


そう、思っていたのに。



「コック…」

「これから起こることを、」

「最後まで、しっかり見ていてほしい」



自分がどれだけリスキーで無謀でバカな行動を取っているかなんて、自分が一番分かっていた。

それでも、もう嫌だった。
こいつに嘘を吐くのも、自分の気持ちを抑えるのも、自分のこの血に囚われるのも。

変えたかった、自分の手で。
幸せを望むことすら制限されるなんて、もう嫌だ。


月明かりが部屋中を照らして、その光が俺の背にも感じられる。
そして俺が大きく息を吸った時、俺がひた隠しにしてきたそれは、コックの目の前で今、晒されるのだ。


「ん、ぅッ…、」

一瞬躊躇って力が入ってしまい、声が漏れる。
月明かりによって作られた俺の影が形を変えるのを見たくなくて、目を閉じた。
ああ、今コックは、どんな顔をしているだろうか。


「、ゾロ…?」


不安そうな声色、そうだろうな、こんな光景を見せられて。
変化が終わり、俺はまた静かに瞼を上げた。
その時見えたコックの顔は、覚悟を決めたって感じの顔つきで。


「コック、俺は」

変わり果てた俺の姿を澄んだ蒼に映して、何を思っているんだ。

「俺はな、」

お前は、きっと受け止めてくれるって。
勝手に期待してる。悪ぃ。


「普通の人間じゃないんだ、」

月が、恨めしくも鮮やかに全てを照らした。


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