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▼ 巡り会ふ

──私は今年で26歳になる
あの愛しく苛烈な旅の日々から丸10年。
だけど、あの50日間以上に生きていると感じる瞬間は未だにない
将来を誓った人とも、背中を預け合った仲間とも相見える事なく、私はあの日々に縋りつくように母の生家で過ごしている


「ななこセンセーあのォ、聞きたいんスけど」
「なに?東方君
君が授業の質問だなんて珍しいな」
「イヤイヤ、授業の事じゃなくてですね」
「プライベートに関してならお断りよ
授業で息抜き程度に話した世間話以上は有料だもの」
「オレ、興味あるんスよ」

ぶどうヶ丘高校一年B組東方仗助
ツッパリのような立派に整えられたリーゼントと改造した学ラン。そんなワイルドな風貌の割には礼儀正しく、またチャーミングで人懐こい憎めない魅力のある男の子。
彼は何処となく、ある二人の男を連想させる
だからななこはしばしば愛しい記憶に煩悶する事になるものだから、必要以上に会話する事も視線を合わせる事も極力避けていた

「この前言ってたじゃないスか。エジプトに住んでた事があるって」
「エジプトだけじゃあないわ
アメリカにも、フランスやアフリカ大陸の方でも過ごした事があるの。父が植物の研究をしていたからね」
「…エジプトに居たのって何年前っスか」

何処となく探るような視線にななこは目を細める
詮索されるのは好きじゃあないのだ。誰が好き好んで己のパンドラボックスを他人に手放しで委ねようというのだろう

「東方君。女の過去を詮索しようなんて野暮天よ」
「…いや、これには深い理由が」

頬を掻きながら言い淀む彼からななこは視線を外す
恩人と同じような癖をして、そんな困った顔をされたら流石の私だって困ってしまう。だって貴方、ジョースターさんにそっくりなんだもの


「…仕方ないなあ
一服しに屋上行くから。その間だけ付き合ってあげる」


「それで?君はどうして私の事が知りたいの?」
煙草に火をつけ、柵に体を預けた状態で問い掛ける
手放せないあの人と同じ銘柄。彼等に良く似た教え子──内心、実は彼の口から何が飛び出すのか私はワクワクしていた
この10年、久しく感じていなかった感情の起伏が心地よい

そうして、東方君は語りだしたのである
歳上の甥と名乗る男が会いに来た事。父親を知らなかった筈が、急にその甥から知りたいとも思っていなかった父親について聞かされた事…そして、その甥は、或る女を探している事


「…ふ、ふふ
こうやって聞くと、まるでドラマみたいな話ね」
「現実っスよ」
笑った所為か、少し不貞腐れたように口を尖らせる

「怒らないでよ
代わりに貴方のお父さんの名前。当ててあげる
”ジョセフ・ジョースター”じゃない?それでー、そうねえ…甥っ子さん。或る女を探しているというその彼の名前は──」


みるみる内に彼の目は驚きで丸まっていく
ななこは自嘲するように、しかし泣き出す一歩手前のような哀しみを滲ませて口を開く。名前を呼ぶのは随分と久しぶりだ


「空条承太郎…じゃあない?」


煙草はいつの間にか燃え尽きて、指から滑り落ちていた
一際強い風が吹いて、身に纏う白衣の裾が翻る
長い髪が一緒に流れて、それを押さえる手首の細さに。目を伏せて下を向く仄暗さ、零れ落ちそうで、けれども必死に堪える雫に、仗助は心を奪われた
言葉が続かない仗助にななこは微笑みかける



「煙草、終わったからまた今度ね」
立ち去ろうとするななこを仗助は呼び止めた

足を止め、振り向く彼女にはもう先程見せた儚さはない。それでも、こんな中途半端な所では終われない。先生を探していた承太郎さんにも、何も報告出来ない。その一心であった
しかし彼女はそんな仗助を見透かすように肩に手を置く。少しばかり力が込められ、要望通りに腰を下げると耳元に先生の顔がやってくる

”これは二人だけの秘密。いい?”

気付けば仗助はコクコクと何度も頷いていた
そんな様子に満足したのかななこは良い子ね、とだけ言って今度こそ屋上を後にしていったのである



「はぁー…、
承太郎さん、スミマセン」

項垂れ、座り込む仗助も正直何に対しての謝罪なのか分からなかった。しかし心の内は罪悪感と高揚感が渦巻いている

「…この後どんな顔して会えばいいんだよぉ」





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