邂逅遭遇

薫子は長崎にいた
異文化溢れる街並みを無感動のまま、ただ歩く。薫子がここへ来た目的は中也の西方遠征の先行部隊として情報戦を制するためだった

薫子は幾日かを長崎で過ごし、関係者の出入りするクラブやBarでの諜報に勤しんだ。そうして大まかな情報は掴んだのだが…どうやら朱の黎明は元々、西の指定暴力団組織から派生した組織だというのだ。
異能力者による統率された組織でもなんでもない。
つまりは暴力団への登竜門というやつだ。此処で実力を示せば上部組織にのし上がっていく。東への領土拡大も力を誇示するための半ば暴走だろう。
兵力としては欧州から密輸した銃火器やら大砲だとかが厄介のようだが、大量殺戮兵器やら毒瓦斯やらが出てこない限り中也の敵ではないだろう。それ等を扱うのは裏社会に足を踏み入れて間もない半端者ばかりだ。
そして恐らく、この西方遠征は朱の黎明、上部組織との抗争へ発展する。
暴力団と朱の黎明、両組織の兵力は手こずるだろうが、そんなものとは真っ向からぶつからなければ良いのだ。作戦の指針はもう既に決まった。動き出してもいる。薫子にはこの抗争の終結まで見えてしまった。

そうなれば余裕の出てきた思考に浮かんだのは出張間際に舞い込んだ害獣捕獲の案件だった。報奨金は70億。この案件を薫子は芥川龍之介と樋口一葉に任せて来た。

龍に関しては心配いらない。兄さんが手を焼いていた独走癖も、今では勘という名の本能と嗅覚が常に事態を最善へと導いている。問題は──樋口である。あれは、…樋口は嘗ての私に似ていた
だが、決定的な違いが一つだけ存在する。彼女は既に暴力を奮う側にいるということだ。なんの力もなかった私とは違う。…首領の真意は分からない、しかし彼女が龍の部下に向いているかと聞かれれば私は迷わずNOと答えるだろう。

薫子は懐から携帯端末を取り出した
ワンコールで出た相手に薫子は単刀直入に本題を切り出す
「黒蜥蜴は別件で動いてるから今回、貴方と樋口の二人での仕事になるわ、問題ないわね」
『僕は独りで充分だ』
「…樋口に実戦経験を積ませたいのよ
器量は良いけど性根が真っ直ぐなものだから、私の仕事に同伴させる訳にはいかないし。」
『…足でまといだ。僕は誰の扶けもいらぬ』
薫子は思わず溜息を吐いた
何度言っても聞きやしない。頑固なこの部下の頑なさは痛い目を見なければ治らないのか。呆れと共に一発お灸を据える

「思い上がるのも大概になさい」
冷たい言葉と声色に端末の向こうで龍が息を呑んだ
「貴方の独走癖を看過しているのは常に結果を出し最大の貢献をしてきたからよ。だけれど、口答えをするようなら私は貴方なんて要らない」

『…承知した。…僕は、薫子の指示に従う』
苦い沈黙の後続いた言葉に薫子はやれやれと息を吐く
「今回も貴方が私の期待に応えてくれると確信しているわ」
それは呪縛だ
彼は太宰治という敬慕の喪失を薫子で埋めているに過ぎない。彼の貪欲さも我の強さも美徳だ、誰しもが持ち得るものじゃない。だが、その美徳が時に彼の命までも縮めていく。

薫子は通話の切れた端末を再び懐に仕舞った。
その瞳はがらんどうの儘、此処ではない何処かへと向いている。空虚な心を抱えて薫子は再び街へ歩を進めた
その後ろには日本の生態系に於いて、まず見かけない鮮やかな色をした小鳥が薫子の後を小さな羽音を立てて着いてくる
薫子は勿論その存在に気が付いていた
くるりと振り返ると小鳥は近くの植木から薫子を見ている
先程の龍との会話も、反応が見たかった
だがめぼしい反応はない。
…しかし。十中八九、あれは異能力者だろう。
異能生物ではない。あれは愛玩用の金糸雀だ
異能力者もこの近くにはいない。歩き回っても怪しい人間はいなかった。
薫子は気まぐれで小鳥に向かって手を差し伸べた
他の者がそれを見たら薫子を咎めただろう、何らかの異能力だと分かっていながら自殺行為だと。だが残念ながら、薫子を止める者はここにいない
小鳥は差し伸べた手に真っ直ぐ飛び込んできた

「あなたは異能力者?」
問いかけても何の反応も返ってこない
ただ薫子の掌の上で寛ぐように丸くなる
無防備な姿に薫子は困惑した
身構えていた自分が馬鹿らしく、少し恥ずかしい
「ふふ、」
未だに無防備な姿で真っ直ぐに見上げる小鳥に薫子は思わず笑みを溢した。こんな風になんの思惑もなく笑うのは本当に久しぶりのことだった
「行き場に困ったら私が飼ってあげましょうか」
気紛れに嘯いた薫子に小鳥は喜びを表現するように周りを飛び回る
その様子に再び薫子からは笑みが溢れた。





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