拝啓、欲しがりな君へ

遠方から帰って来て早々に太宰に屈辱的な嫌がらせを受け、部下からは散々な罵詈雑言。
説教をするもあの調子では改善など望めまい
そんな訳で心身ともに疲弊していた中也はなんとなしにある部屋へと足を運んでいた
つい一時間前まで###が眠っていた場所である



ノックしても返事すらなかったので、もしや逃げたのではと勢いよく開け放った扉の先に###はいた。中也が近づいてもピクリとも動かずに眠り続ける姿に脱力感を覚えた
「…マジかよ。敵陣だぞ」
ましてや我らが首領は此奴を利用しようとしているのだ
しかし能天気に眠り続ける###に中也は思わず笑ってしまった
全て夢であればいいのに。


嗚呼、全くらしくねェ
あったはずの温もりを求めてシーツに手を伸ばす
当然の事ながらこの部屋に###はもういないし、冷たい絹の滑らかさを感じるだけである
感傷に浸るなど柄じゃない
欲しいなら奪えばいいのだ
今までそうしてきたように
テーブルの上のスープは冷えていた。どうやら口は付けなかったようだが、書置きには手が加えられていた
【スープありがとう
ごめんなさい】
「…なんの謝罪だ」
まあいい。
もう一度この部屋に連れ戻して、その時に聞けばいい
そして次は逃がさなければいい




太宰と示し合わせていた時間をとうに過ぎていた
くそう…と悪態をつきながらふらつく体を動かしやっとの思いで二階の通信保管所に辿り着いた。異能力を使う余裕もなく、見張りは取り敢えず殴って気絶させた

「遅かったね###」
資料を漁り続ける太宰の背中に###は飛びついた
「おっと、…###?」
驚いてよろめきながら優しく名前を呼ばれる
今だけは何も聞かないで欲しい
腹に回した腕に力を込めたら多分何かを察してくれたらしい
あっさりと再び資料に向き直った

罪悪感が胸を刺す
後悔はしていない。私を挑発し、地雷を踏んだことを理解した時にきっと覚悟もしたはずだ。怒りの琴線に触れた者の顛末は。だからこそ、あの路地裏で相対した樋口を圭介は止めたのだ
守るために異能力を行使する
この誓いを破ったわけじゃない
探偵社のみんなに、先生に、太宰に危害が及ぶ前に排除した。
それだけだ。
ただ、――ただ、恐ろしい
この異能が、人の心を殺せる力が恐い

「――###」
優しい声に顔を上げた
「帰ろう。私たちの家に」
「…うん」
「帰ったらたっくさん聞かないとねえ
あのチビ幹部のこととか、ここにいる理由とか〜」
愉しげなのはきっとわざとだ
その心遣いに###は微笑んだ
「うん。聞いて
何でもするから、私を許して」
ポカンと口を開けて呆ける太宰に###は首を傾げた
「やっぱり君は狡いよ、###」
そんな風に弱った姿を晒して罰を望むように懇願されたらどろどろに、蜜を注ぐような甘さで愛したくなるじゃないか






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