好きだ、と言い続けるのは。
嫌いだ、と言い続けるよりも。


どちらなのか。


両手を伸ばして、抱き締めて、腕の中に閉じ籠めて。

誰の目にも触れないように。
誰もその瞳に映さないように。


縛り付けて、押し込んで。

世界はたった一つだと思えばいい。


唄うように囀る真っ黒な鳥は、両翼を広げて美しい金の羽を持つ一羽の雛を、閉じ込めた。




「お〜に〜お〜くんっ!」




昼過ぎの遠くのグラウンドから飛び交う声を一人、屋上で聞くともなしに聞きながら、背もたれにしていたフェンスが軋みをあげる。

随分古びているから、壊れたりしないだろうかと、ちらりと思っただけで口にはしなかった。


空を抜き取ったような白い綿雲が、風にゆっくりと流されるのを眺めながら、ふと声の聞こえた先に目を向けると、閻魔のあどけない笑みがあった。


小さく漏らした溜め息と同時に、視線を空の青に戻す。

気怠げな動作に合わせて腕で顔が覆われ、ボソリと小さな悪態が吐き出された。




「最悪……」




僕に瞳を向けた人は恐らく、吐き出された暴言を捉えたはずだ。

それでもその言葉を向けた人はその顔に、笑みを絶やしてはいないだろう。決して。




「なにその重い溜め息。と言うかサボリ?珍しい」




愉しげな声音で吐き出される言葉が降りかかる。

敢えて無視を決め込む様など、気にも留めた様子がなく、よいしょと、少々年齢に不相応の掛け声と共に、僕の隣…すぐ傍に腰を下ろすのが気配で分かった。




「ねー、サボリ?」




返答の得られなかった質問を繰り返し、クスクスと笑う声が耳朶を震わせる。




「アンタこそ、こんな所でなにやってんですか、大王」




大王、と、この人を呼ぶ。
僕、だけが、唯一。

精一杯の皮肉を込めて。


それさえもサラリと躱し、投げられた質問には律儀に答えた。




「俺はねー…。鬼男君に会いに、来たんだよ?」




妙に含みを持たせた、たっぷりとした言い方が、嫌に鼓膜に絡みついた。

一瞬息が詰まったのを悟られ、声に愉悦の色が更に色濃く孕み、滲み出る。




「あ、今ドキッとした?したでしょ、したよね?」




何を馬鹿な、と切り捨てるには疾走した心臓の音が邪魔で、全身を駆け巡る血流とは逆に、酸欠に似た息苦しさと体の熱が思考力を奪う。

不幸中の幸いは、顔を腕で隠しているから、顔面を熟らす熱に気付かれない事だろうか。


そんな己の状態を正確に理解し、また一つ、不満を零した。




「最悪…っ」

「そんな最悪ばっかり言わないでよ。さすがの俺も傷つくよ?」




言外に、最初の一言も聞こえていた事を暴露した大王の声には、言葉とは裏腹に依然として明るさがある。




「まぁ、会いに来た、って言うのは正直嘘なんだけどさ」

「…当たり前でしょう」

「当たり前だと思わないでよ」




苦笑混じりに返された言葉に、漸う腕の覆いをずらした。

籠もった熱は風に攫われていく。

真上から降り注ぐ陽光に目を細め、自身の腕で作った影の奥から、絡み付く声を吐き出す相手を見上げた。

目が合うと、真昼の太陽にも負けない眩しさの笑顔が覗き込んでいた。




「サボりに来たら、予想外に鬼男君がいたんだよ。コレって運命かな?」




馬鹿げた事をさらりと言ってのける大王を、睥睨しながら黙殺する。

それでもニコニコと、子供のように無邪気な笑顔を向け続けている。


ふいに、この瞳が悲しみに染まる事はあるのだろうか、なんて埒もない事が頭をよぎった。

それは、自分の中で確かな疑問の形を取る前に、口を突いて出ていた。

大王の瞳に、悲しみを宿しそうな言の葉が。




「大王、もし…僕が大王を裏切って、すごく、すごく、すごく酷い事をしたら…どうしますか?」

「ん〜…鬼男君を殺して俺も死ぬ……ロマンチックじゃない?」




およそ、正常な一般人とは思えないような返答を平然と、躊躇いもなくしながらニヒッと笑う閻魔に、笑いを含んだ声で、僕殺されるんですか、と他人事のように返す。



予想と期待を裏切られ、微笑う大王の瞳に、望んだ色は得られなかった。


もしかすると、そのずっとずっと奥で燻らせてはいるのかも知れないけれど、僕には知る由もない。

いつでも飄々としていて、のらりくらりと何でも受け流す人だから。


僕がそんな事をぼんやりと考えているのが分かるはずもなく、突然閃いたような表情を浮かべた大王が顔を近付け、更に深く覗き込んでくる。

顔に被さる影はより濃くなり、視界の端に僅かな青が覗く程度の距離まで、大王は詰め寄ってきた。


何とはなしにその目を真っ直ぐに沈黙したまま見返すと、じゃあさ、と前置きされた後に同じ質問が投げられた。

予想外に返されたそれに、少し考える振りをして、不敵な微笑みを浮かべる。




「…大王は殺さず、自分だけ死にます。アンタの目の前で」

「えっ!えぇぇぇ!?なんでっ!?」




自分自身も、常識の範疇を軽く飛び越えた返事をしながら、薄く微笑む。

悪戯っ気を孕んだ、邪気だらけの笑みで。


今度は大王にとって予想しなかった答えだったのか、はたまた僕の反応自体か。

大仰に驚く大王に、悠然と悪戯な笑みが増す。




「そうすれば僕の心は移ろわないままだし、大王はきっと、一生僕を忘れない。忘れられない」




でしょう?と妖艶く微笑む鬼男に、苦笑を返した。




「ホント、鬼男君には適わないよ」

「まぁ僕がアンタの為に自殺するなんて、そんな馬鹿な事は死んでもしませんけどね」

「鬼男君、ものすっごく不可解な日本語なんだけど」

「早い話が、有り得ない、って事ですよ」




目を合わせ、声を潜めて笑い合う。

二人だけのささめごと。




真っ黒な鳥は、金の雛を追い続ける。

金の雛は、真っ黒な鳥から逃げ続ける。


時々後ろを振り返り、決して振り切ることのない早さで。





束縛遊戯





10.0327 現様

選択お題『束縛遊戯』
学パロ

...あとがき...
終わりました。
むしろ終われですね、はい。

学パロ設定が、盛大に迷子です!
甘さなんて、小さじ一杯分もありませんが、ここまで読んで下さったあなた様、有難うございましたm(_ _)m


企画、参加させて下さった宇井様。
提出遅くなって申し訳ございません。

素敵な企画を立てて下さってありがとうございました。




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