西洋の尻を追いかけることに躍起な都心部で、この屋敷は珍しく伝統に固執している。その気になれば、ハイカラな洋服で大手を振ることも、どす黒い瓦を緑青の丸天井に変容せしめることも容易いというに。差し詰め親離れしない子のようであった。何かに怯え妬んでいた。
僕が大王と呼ぶ男がいる。この屋敷の主である。左様な屋敷の主であるので、僕の教会への足運びを良きものとはしていなかった。尤も、それは好奇心に隠した逼塞に他ならぬ。
そうだそうだ。きっとその所為だ。それで僕は畳に背を預ける破目になったのだ。腹の上に大王を乗せて。その重みは苦ではない。ただ両肩の圧には眉が寄った。皮や肉をあしらって、骨目掛けてがしりと掴むのだ。

「まだ神さまを、さがしているの」

身に反して重みを持った口調だった。しかし僕の頭はというと、浮游病のようである。学生服の皺を心配してみたり、黒眼を大王の後ろに遣ってみたり。そこでは葡萄の蔦が絡み合い蠢いていた。小さな幾匹かの鹿が、蔦を掻き分け掻き分け駆けっている。難儀で狭苦しい。何ともへんてこりんな構図だが、立派な透彫りの欄間彫刻である。
きっと神さまなんてものは、十字の刺さったコンクリなどにではなく、そんな世界にいらっしゃるのだと思う。

「もうお止めと言ったでしょう」

よじれた黒眼に、着物からの生白い脚が映った。ちかちかとした。畳にこすりつけた膝は尖っており、晒された腿は青や紫の網目ばかりで、決して見映えが良いというわけではないのに。

「君にはよくしてあげてるつもりなのになあ」

そうだ。大王にはよくしてもらっている。僕が書生として身を置かせて頂けるのも、偏に大王の御芳志である。下を向く僕の眉尻に大王は少し笑った。唇だけで。

「いやね、恩を着せようってわけじゃあないよ。君が可愛くなくなるのがね、嫌なんだ」
「僕が、可愛いのですか」

それは初耳だ。

「そうだよ」
「そうですか」

大王は僕の額の髪を払ってそっと唇を寄せた。真白な首筋と緑の黒髪は僕の鼻腔を悦ばせる。次に大王の顔を映すと、悪戯ぽく僕の学生帽を頭に乗っけていた。それが纏う着物にまこと不釣り合いなので、止めておいた方が良いですよと云うと、それは君だよと返された。

「あまり外の世界を知っちゃあいけないよ」
「どうしてですか」
「どうしても」

口元は淑やかな笑みだが、それでいて露悪的である。

「寧ろもう何処にも行かなくて良いんじゃあないかなあ。勉学なら、おれが教えてあげるから。神さまなら、おれが成ってあげるから」
「神さまに成れるとお思いで」

既に口は横一文字であった。

「そうだよ」
「そうですか」

傲慢と嗤えぬのは、強ち間違ってはいないからである。
ねえわかってるの、との念押しに、短くはいと答えた。

息が詰まった。

「分かってない解ってない判ってない…!!君は何にもわかっちゃいない!!!!」

僕は初めて大王の舌を見た。薄ぺらで頼りのない、桃色で奇麗な舌だった。
激昂した大王は平生よりよほど健康な人間に見える。頬に翳された紅葉が、大王をソレに導くのだ。
けれどもこんなにまでいきり立つのは、お門違いである。僕は何もかもわかっているのだから。当の大王こそ、何にもわかっていやしないのだ。





暫しの沈黙の後、その顔色をまた病人にして、澱んだ目玉で柔らかな言葉を降らせた。僕はその天啓に直向いた。

「一つ良いことを教えてあげよう」

それは丁度良いなと思った。僕からも一つ、伝えたいことがあるのだ。

「人間が可愛いと思うモノはね、己よりも劣っているモノなんだよ」

動き難いこの場所は、あの世界に似ている。僕の伸ばした腕が絡まって、白い首、苦しいでしょう。けれども余所へ行けば、憎らしいでしょう。果然寂しい顔をして嫉む貴方が、嗚呼、

「いつまでも可愛くあってほしい、な」

嗚呼、可愛らしくて仕方ないのです。




いつまでも、このせせこましい世界に、どうか。




アレルヤ!世界は狭い





10.0630 劣性i様

選択お題『アレルヤ!世界は狭い』
明治パロ

...あとがき...
世界は狭いの意味、取り違えてますよね…きっと。そしてどこが明治だよという苦情も甘んじて受け入れます…!><;
主催なさった宇井さま!
でしゃばったくせに提出も遅く、ご迷惑かけました。
稚拙な文章ですが、愛だけはあります、はい。
素敵な企画に参加させてくださり、ありがとうございました!




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