苦い時間の後には
『悪ぃけど――――』
「………ふえっ…?」
背後から聞こえたベルセンパイの声。 思わず間抜けた声が出た。 嬉しいような悲しいような、チクチクする複雑な心境。 どうしようもない位の歓喜が胸を駆け抜けた。
(ここにいるはずがない)
分かってる。 なのにミーの心臓はトクトクと心拍数をあげる。
幻聴に違いない。 そうだ、そうに決まってる。
後ろを振り替えれば分かるのだ。 淡い期待に体が疼く。
(もしかしたら……)
恐る恐る…後ろを振り返った――――
ベルセンパイの姿はない。
(馬鹿、みたいですー…)
安堵と諦め。 それから、寂しさ。
目の縁が熱くなってきてしまい、滴が落ちてこないように空を仰いだ。 涙を流したら、ミーの心は空っぽになりそうで恐かった。
(会いたくて…堪らないんだ)
姿はないのに、愛しかった人の声が響く。
(機械からの声を聞き間違える程に…)
屋上に繋がる、階段。 灰色のコンクリートで出来た、校舎のはしに寂れたスピーカー。
そこから、大好きなベルセンパイの声がする。 学校の王子様は放送委員会で毎週この日はお昼の放送当番。 彼が選ぶセンスのいい曲とともに、アドリブでのアナウンス。 教室から遠く離れたこの場所にも女子生徒の黄色い声が耳に届いた。
声はすれど、姿はなくて。 フランにとっては、一種の拷問だ。
「ベルっ…センパイっ…」
あんなに拒んでいた涙が頬を流れた。
最近のミーは泣き虫になった気がする。 思い返せば、殆どがベルセンパイのせいで腹がたつ。
(ミーはこんなに弱い子じゃないのにっ…)
行き場のない憤慨を近くにあった、食べかけのメロンパンにぶつけた。 力任せにバシバシと潰す。 なんの罪もないメロンパンは呆気なく無惨な姿だ。
それでも涙は止まらなくてぐしぐしと情けなく制服の裾で目頭を擦った。
(大好きなんだ)
心を包むのは、深い後悔。
(ミーはベルセンパイのことが大好きなんだ)
自分の判断は間違っていなかった。 でも、それは辛くて辛くて…。 胸が痛くて、呼吸が苦しい。
くるんと体を丸めて体育座り。 ちっちゃく、ちっちゃくなって。 こんなミーは、消えちゃえばいいのに。 自分から別れを告げたくせに、悲しくてしかたないんだ。 我が侭で、けっきょくは後悔してしまう。
(会いたい。)
(会いたい。)
会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい、会いたいっ……!!!!
「会いたい…」
『今日は放送しねーから』
「……え?」
スピーカーから聞こえるベルセンパイの言葉。 誰もが驚いているのか、校舎からザワザワとざわめきが広がる。
『おい…聞いてんだよな、フラン!!!』
会いたいと願う人が自分の名前を呼ぶ。 嬉しいのに、わけがわからなくて戸惑った。
『王子の話を聞かないで、逃げるとかマジねーから カエルはお仕置き決定な
今すぐ、放送室にこい』
それは魔法の言葉だった。 低められたその声に、反射的に足が動いた。 ミーの意識は関係ない。
階段を屋上から駆け降り、長い廊下を走る。 途中、他クラスや他の学年の生徒達に指をさされ何かを言われたが頭に残らない。
(会いたい)
その言葉が全てを埋め尽くしていたから。
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