苦い時間の後には
「だから―――
別れてください」
無理矢理に、笑顔を取り繕った。 ぐちゃぐちゃで不自然な笑顔。
仕方ない。 分かってしまったんだから。 さっき見たのベルセンパイと今のベルセンパイは…別人みたい…。
溢れてきそうな涙を堪え、驚きを露にするベルセンパイにお辞儀をする。
今までありがとうございました、そういって静かに頭をあげた。
不器用なミーの精一杯の、微笑み。 状況を読めず呆然とする彼の姿を目に焼き付け、走りさる。
固まったままのベルセンパイが、魔法が解けたかのようにミーの名前を叫ぶ。
「フラン…っ!!!おいっ!待てよ!!!!」
足は止まらない。スピードをあげて、走りつづけた。 絶対に、振り返らずに。
(振り返ったら、決心が鈍るから…)
走って走って走って走って…走り続けて―――
別れを告げた教室から、遠く離れた放送準備室の前で立ち止まる。
我慢していた涙が、一滴、頬を伝う。
それを境に、止まることを知らず静かに、溢れてくる。
ポタ。ポタ。ポタ…
足元に小さな水溜まりができた。 反射して映った顔は、感情を露にしないミーに珍しい『悲しみ』。 傾く夕日が廊下におちるなか、ミーは小さく嗚咽を漏らした。
(さよなら。)
(さよなら。大好きな…)
(ベルセンパイ)
――――――――― ―――――― ――――
きっかけは何だったと掠れた頭で考える。 けど、頭は考え方を忘れたかのように陰ってしまう。 ベルセンパイに昨日、別れを告げたことは鮮明に覚えているのにだ。
屋上から見える空は、綺麗な空色。
(ミーに似合わない色)
一緒にご飯を食べて、冗談を言い合って、お昼寝して…… 売店で一番人気のメロンパンを売り切れる前に買いに行って… 運悪く買えなかった日は、ベルセンパイが他の生徒から奪ってたっけ… サンドイッチだろうとおにぎりだろうと、ベルセンパイはいつも牛乳買ってましたねー… 一度、家庭科で作ったクッキーを食後のお菓子として持って来て… ベルセンパイが不味い言いながら、結局全部食べてくれた…
自重気味に笑った。
(思い出すのは、ベルセンパイのことばっかり…)
いつもの習慣で屋上でお昼を食べるのは失敗だったかもしれない。 いつもいる人が居なくて虚しさが増すだけだから。
前はベルセンパイと昼食を食べていて、賑やかだった。 今はもう、静かな空間となったこの場所。
大好きなメロンパンも食べる気がしなくて食べかけのまま袋に戻した。 そのままコンクリートに寝そべる。
食欲がないのは夏バテだからだと自分に言い聞かせる。
(本当は、理由を分かっているのに…)
広々とした屋上にミーは一人きり。 普通なら恋人達や、友人達が集まりそうなこの場所。 ミーとセンパイが付き合い始めた頃に、ベルセンパイが他生徒を立ち入り禁止にしてしまった。 その我が侭はあっさりと認められ、現在は誰も使用してない。
(恋人、か…)
(ああ…そっかー…)
別れを告げた理由、それは―――
『不釣り合い』
付き合い始めの時点で、幾度も女子生徒に言われた言葉。
そんなの、とっくに知ってた。 当たり前だ。 学校の全生徒から人気の王子とクラスで地味な女の子。
それでも、ミーが好きだと言ってくれたベルセンパイ。 だから、いままで一緒にいれた。 周りがどう思っても、互いが好きだったから。
それが、崩壊したのは昨日のこと。
学年で――学校で誰からも好かれる女の子。 優しくて、人を惹き付ける容姿、学級委員なども務め真面目で人望も厚い。
まさに、女の子の理想像とでもいうような彼女は、
ミーとは正反対。
そんな彼女をベルセンパイが――――
抱きしめてるのを見たから。 人気者のその子が子供みたいにわんわん泣いて、
世界一幸せであるかのような笑顔で、
『恋が叶ったよ…!』
無垢な声で、そう、はしゃぐのだ。
優しく頭を撫でる、ベルセンパイは――――
別人みたいに優しげ。
(ミーのみたことないベルセンパイ)
(これが、本当のベルセンパイ…?)
ミーの中に生まれた感情は、どうしようもない負の感情。 名前をつけるなら"嫉妬"。
(アノコガウラヤマシイ)
(ほら。)
(…やっぱり、ミーは不釣り合い)
(だって、ほら…)
(ミーの心はこんなに醜い)
ぐるグルぐルグるぐル…… 世界ハ傾イテ、歪ム。
とてつもない吐き気に見舞われて、逃げた。 少しでも自分の知っているベルセンパイの姿を追い求めて。 どれくらい走ったのかは覚えてない。
真っ先にか、それとも最終的になのか分からないけれど… 辿りついたのは、ここ。 屋上。
今、ミーがここにいるのと同じように自然と足が連れてきてしまう。 習慣になっていたのかもしれない。 この場所に、思い出がありすぎて。
始まりもここだった。 お昼寝をしてたら寝過ごしてしまい、彼と出会った。
今さら授業にでる気はなくて、サボり。 その間、鬱陶しいと感じながらも他愛ない会話をした。鬱陶しいはずなのに嫌気は無かった。
どちらから言うわけでもなく、その日から昼休みを共に過ごした。
数ヶ月後に、
告白された。 この場所で。
信じられずに立ち尽くすミーは力強く抱きしめられた。 初めてあった時から、彼に心は揺れた。 自分には届かない場所にいると知っていた人。 その人が、ミーに好きだと告げた。
現実か幻かわからない。 でも、胸を埋めた『愛されている』という喜び。 それが嬉しくて――― 無意識に…目が潤んだ。
「もう、ここには来ないようにしますかー…」
ミーは隣にいちゃいけない人間。
なのに、ベルセンパイは来るんじゃないかと期待するから。 いつまでたっても、ミーの心にいてしまう。
風に流れて、ベルセンパイの声が聞こえた気がした。
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