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甘い時間=君が傍にいる




「ふぁあぁぁっ…」



んーっと伸びをして、目を擦る。

膝の上に、読みかけの絵本が広がっていた。
どうやら、図書館独特の本の香りと素肌に触れる冷房の冷たさのせいで眠ってしまったらしい。

中学生になっても絵本を読むのは多少なりとも恥ずかしいけど、ミーはこの絵本の絵が大好きなのだ。


図書館の閲覧室の椅子は作りが良くて座り心地がいい。
小さなミーには、この椅子がとても大きく感じる。
ふわふわのソファーに包まれて、また眠気がミーに襲いかかる。

時刻は午前10時すぎ。
夏休みのこの時間に図書館にくる人はいない。
しかも、ミーがいるのは児童向きのフロアーの隅だ。

小学生なんかは大抵12時過ぎにお母さんと来る。

しばらくはこの児童室はミー1人のものだ。

(だって小学生に混じって絵本読むの、恥ずかしいじゃないですか)


膝にある絵本をテーブルに戻すと椅子にもたれる。
ゆっくりと眠気が浸透していき、意識が遠退き―――――









………ゴツッ!







「王子が働いてるのに、寝るとか最悪じゃね?」



頭を本で叩かれたらしく、脳がぐわんぐわんと痛い。
結構、痛い。

不満そうに睨んでやると、ししっと笑われた。



「身長伸びなくなったら、どうするんですかー!」

「もともと小さいから、変わんねーんじゃね?
つか、寝んな。王子ってば必死こいて働いてんの」





この人には何言っても意味が無いのをミーは知ってる。
だから、はいはいと受け流してやる。

ミーってば、おっとなー


「お前、今ぜってー失礼なこと考えただろ…」

「さぁ…分かりませんー」



面倒くせぇとぼやくとベルセンパイは抱えてた児童書を棚に戻しにミーの隣の本棚へ向かう。

高校生のベルセンパイは夏休みの間、この図書館でアルバイトをしている。

お金持ちなのに、なんでわざわざバイトなんかするんだか…



「ベルセンパーイ、眠いんで帰っていいですかー?」


「却下。」




しかもだ、バイト中の時間が飽きるとかいってミーを図書館に無理矢理呼び寄せる。
確かに、ミーの家の冷房は壊れてるから、図書館は快適ではあるが…


(なんだか、癪ですー)



本の山を棚に戻す後ろ姿を眺める。


ベルセンパイは許さないだろうけど、ミーは帰ろうと思えば帰れる。
バイト中のセンパイは裏方に回って新書の確認なんかもする。
大抵はミーの近くで整理しているが、その隙にコッソリと抜け出せる。




でも、そうしないのは………



(ミーが、ベルセンパイと居たいから…)





「ん?どーかした?」


ハッとして、目線を逸らした。

「…なんでもない、ですー
それより、早く仕事したらどうですかー?」




紡いだのは、可愛げの無い言葉。
センパイを見ていたなんて言えば笑われるに決まってる。
恥ずかしくて、恥ずかしくて…意地を張る。


(どうしたら…ミーは素直になれる?)


女の子らしいキャラを自ら否定してしまっているから、今更…無理だ。


ふーん、とつまらなそうにベルセンパイもソッポを向いてしまう。
止まっていた手を本の整理をすることに再開させた。
お互いに何も言わない無言の時間はミーの心をチクチクて痛めつけた。


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どれくらい時間がたっただろう?

1時間?2時間?

それ以上?


もしかしたら…5分ぐらいしかたってないのかもない。

喉がカラカラとして痛い。
ベルセンパイ、と呼ぼうとした声は掠れて音にならなかった。




ギィッ…


児童室の扉が開き、小学3年生ぐらいの幼い少女と少年達が入ってきた。

楽しそうな無邪気な声が静かだった部屋の雰囲気を塗り替えた。



「べるおにいちゃーん!
きのうのえほんちゃんとよんだよー!」

「あれー?おにいちゃんいないのかなぁ…」


ベルセンパイは、小さな子供から人気だ。
本人も満更ではないらしく、くるたびに絵本を読み聞かしてあげている。
…正直、本のチョイスはどうかと思うが。


「呼んでますよー」

やっと口から飛び出た言葉はやはり可愛げのないものだった。


「ああ……俺、今日は仕事量多いいから先に帰っててもいいから」


「分かりましたー」


ミーの返事を聞くと、ベルセンパイは立ち上がった。

「じゃあな」


逆光になった顔はよく見えない。


(ミーはこれでいいんですか…?)


ベルセンパイの後ろ姿を先程とは違う思いで見つめる。


ミーはぶつくさ言いながらも、センパイが近くにいてくれたことが――――



(嬉しかったのに…)

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