無自覚ヒーロー
「…………ない!」
おかしい…確かカバンに入れたはずなのに。 教科書やノートなどをかき分け、漁るように探していく。 それでも依然として、ミーが求めるものの姿が見当たらない。
(う、嘘…ですよねー?)
同じクラスの女子生徒達は、だんだんと数を教室から減らしていく。 ミーの横を通っていった子が、フランさんどうしたの?と首を傾げたが、なんでもないですよと返した。
なんでもなくない。むしろ、ミーは今大ピンチなんです!!
いくらカバンの中身を確認したって現状は変わらない。 普段は働かせない頭をフル回転させる。 そういえば…
(朝来たときに、ロッカーに移し変えたかも…)
そんな脳の思考回路から飛び出した答えにしゃがんでいた体をすぐさま立たせた。 窓側三番目の席から、教室の後ろのロッカーへ駆け足で向かう。 一人の机の周りに集まって駄弁っている男子の脇を早足で駆けた。
焦っていたせいか、集団の中で一番背の低い人の脹ら脛を蹴ってしまったようだ。 イテっと呻いた彼にごめんと早口で謝った。
それほどまでにミーは焦っているのだ。
教室には女子は一人もいなく、男子のみ。時計の針はミーの焦りなんか知らんぷりんで進む。
ロッカーの中には、美術で使う水彩道具一式と古語辞典、それから分厚い資料集が何冊か。 ミーが探すものは、どう見ても存在しなかった。
頭の中は焦りから落胆へと中身を変える。 その場にへなへなと腰を落とし、項垂れた。
(思い出した…)
昨日の夜、今日の授業のための荷物整理をしていた際に携帯に電話がかかってきたんだ。 ミーの電話番号を知る、数少ないうちの一人である彼。 ついつい長電話をしていて、いつの間にか寝てしまっていた。 そもそも、かかってきた時間も早くは無かった。
寝たのが遅くなったからか、目覚めたのもいつもの家を出る時間を大幅に過ぎていた。 なんとか学校には間に合ったものの、朝の記憶はうやむやだ。
(朝はドタバタしていましたしー…そのまま入れ忘れたんですねー)
忘れたという事実は掴んだものの、それは根本的な解決にはならない。 あはは…と乾いた嘲笑を自分自身に送った。
あの電話を無視しとけば良かったと今更ながらも後悔した。 人付き合いを得意としないフランならば、よっぽど暇か、急用でない限り電話に応じないことは少なくない。
そんな自分が、手を止めて電話にこたえるというのは彼が『特別』だからなんだと思う。
(調子に乗るだろうから絶対に言いませんけど!)
この現状を他人のせいにしたとしても変わらない。 ハァ…と諦めたように息を吐いた。 結局は自分が悪い。 このまま、屋上で昼寝でもしにいきたい気分だ。 ようは現実逃避。 解決策が思いつかないのだから仕方ない。
ざわめきと共に教室の空気が、急に熱気につつまれたものとなった。
ロッカーに目をやり、背中を向けた状態でもなにが起きたか想像がつく。 いつものことだ。学校で一番名の知れた有名人の"彼"が教室に現れて喜ばない輩がどこにいるものか。
(あ、ミーがいましたー)
だいたい、学年が違うというのにミーのクラスにちょくちょく訪れる意味が分からない。 しかも、特定の人間に会うために。 人気者の行動は誰もが注目するというのに。
背後に人の気配を感じたが気づかないフリをした。 精神的に疲れたし、反応するのが億劫だ。
「深刻そうな溜め息なんかつきやがって。カエルちゃんは、なにかお困りなわけ?」
ほら、やっぱり彼だ。 床に腰をついたままの体勢から見上げるように睨んでやった。 別に睨む必要なんてなかったけど、癖なのかもしれない。 傍若無人な、ベルセンパイへのささやかな反抗みたいなもの。
「上目遣いで睨まれたって迫力ねーから。このままキスしていーい?」
速攻で視線を前に戻した。
(ひ、人前でなんてこと言うんですかー!!!)
彼の言動は場所を選ばない。ここは教室であることをちゃんと理解して欲しい! 慌てふためくミーの反応を楽しむように、ベルセンパイ特有の口調で笑った。
そのままへたりこむミーを抱き上げて腕の中に閉じ込める。 そして、小さな子供の機嫌をとるように優しく頭をなでられた。 ミーよりも一回りも大きなベルセンパイから逃れるわけがなく、素直に受け入れるしかない。 子供扱いにしか思えないけど…彼な大きな手は好きだから…別に、いい。なんて思ってしまう。
教室にいる人間からしてみれば、ただイチャついてるようにしか見えないミー達。 ここにいるのが、男子たちだけで本当に良かったと思う。 女子、特にベルセンパイに好意を抱く人だと思うと背筋に冷たい汗が流れる。 付き合いたてに受けた、嫉妬というか制裁は…今でも思い出したくない。
「で、何に困ってんの?」
からかうような態度をみせるくせに、ふっと真顔にる。 全く迷惑な堕王子さまだ。 そんな顔されると対応をどうすればいいか分からなくなる。 こうやってミーを困らせるのを楽しんでるんじゃないのかと疑ってしまう。 とはいえ、疑うだけだ。この人が根っからひねくれているわけじゃないのは知ってるから。 困ってると、ぶつくさ文句を言いつつも自然と手を差し出す。
(堕王子だけど王子さまみたいな…)
妙な日本語だ。 わけわからないけどなんか、しっくりくる。
そんなことよりも問題は、なんて答えるかだ…!!
素直に忘れ物をしたと言えばいいだけだが、ベルセンパイには失態を知られたくない。 忘れ物なんて初めてというわけではないけど、みすみすと明かすのには気が引ける。
けど、言わないなら言わないで彼が不機嫌になるのは目にみえてる。 彼の性格からしてそうだろう。
どっちをとるか天秤にかけたとしても、答えはすぐにでた。
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