*神父綺礼×ショタギル



雨が酷い夜だった。
教会の前で立ち竦んでいた少年の、その澄んだ紅い瞳が泣きそうに歪んでいたのを綺礼は今でも覚えている。





「きれー!我はおなかがすいたぞ、おやつはまだか」

パタパタと教会を慌ただしく走る少年の名はギルガメッシュといった。最古の英雄王で、世界がひとつだった頃それを統一した偉大なる王のようになれ、という思いを込めてつけられたらしい。らしい、というのは綺礼が名前をつけたわけではないし、また血も繋がっていない赤の他人で、その話の真偽を問うにはあまりにも関係がなかったからである。

「さっき昼食を食べただろう」
「玄関のそうじをしたらおやつを作ってくれると言ったのは綺礼ぞ。よもや神父がうそをついたのではあるまいな」
「………」

確かにそう言った記憶がある。言ってしまったのは仕方ない。しかし冷蔵庫に材料が入っていなかったのを思い出し、綺礼は重い腰をあげた。

「…わかった。材料を買いに行ってくるから留守を頼んだぞ。来客があったら時間を改めてまた来てくれと伝えてくれ」
「たのまれてやる。光栄におもえよ」

ときどき綺礼はギルガメッシュのその尊大な態度が治らないものかと頭を抱えることがある。まあ一生治らないことは目に見えているので何も言わないが。

「じゃあ行ってくるからな」

そう言ってパタンと教会の扉が閉じたのを確認したあと、ギルガメッシュはニヤリと笑った。そうして倉から箒と雑巾を取り出し、バケツに水を汲む。

(教会全体をピッカピカにそうじしたら、綺礼はおどろいて腰をぬかすであろう)

その姿を想像して、ふふっと含み笑いをしたギルガメッシュは冷たい水に手を突っ込み雑巾を濡らす。水はキンと冷えて冷たかったが、綺礼は驚いたあと己の頭を撫でてくれるだろうなと思うだけで頑張れた。





綺礼とギルガメッシュが出逢ったのは雨が酷い夜だった。冷たい雨に打たれながらギルガメッシュは教会前に捨てられたのだ。「あとで必ず迎えに来るからね」と言った母親がもう自分に会いに来ないだろうことは、幼いながらもギルガメッシュは理解していた。

『お前の名前は?』

雨に濡れていた彼の手を取り教会に招き入れた綺礼は子供を風呂に入れてやりながら、「迷子か」「捨てられたのか」とは訊かずに、ただ名前を問うた。そのことがギルガメッシュにとって救いであり有り難かった。それ以来ギルガメッシュは教会に住み着いている。綺礼はなにも言わない。





「うわっ!」

以前のことを思い出しながら雑巾がけをしていると、前方不注意でギルガメッシュは壁にぶつかった。ベシッと痛々しい音とともに床に伏したギルガメッシュの耳に、ガシャンと何かが割れる音が鼓膜を振動する。恐る恐る振り向くと、そこには倒れたミニテーブルと割れた壺があった。

「―――っ!!」

慌てて近寄ると、確かに割れてしまった壺がある。カチャカチャと破片を触り元の形にしていても壺の欠片はくっつかず、またバラバラになってしまう。それでも何とかしようと必死に破片をかき集めるが、ギルガメッシュの手指が切れて血を流すだけだった。

「うぅ…っく、ひっく、」

次第に嗚咽が込み上げ、ギルガメッシュはとうとう涙を溢した。泣いてもどうにもならないことはわかっていても涙は溢れて止まらない。壺は割れてしまった。

「何をしているギルガメッシュ」

聞き慣れた声が聞こえたと思うと、血だらけの手が暖かい何かに包まれる。綺礼の手だった。

「食器を割ってしまったのか」
「き、れっ、お…我、そうじ、しようとっ…ひっく、して、それでっ」
「壺は後からでも買えるだろう。それよりお前の手の傷のほうが―…」
「捨てないでくれ…」

泣きながらギルガメッシュが呟いた言葉に綺礼の目が僅かに見開かれる。日頃から俺様と言わんばかりに大きな態度ばかりとっていた明るい子供だったが、やはりギルガメッシュはあの雨の日に留まったままなのだ。

「私は、壺よりギルガメッシュのほうが大切だ」

そう言うと子供は一瞬驚いたように目をまんまるにしたあと、ふにゃりと眉を八の字にして破顔した。それはギルガメッシュが初めて見せるタイプの笑顔だった。






手を包帯でぐるぐる巻きにされたギルガメッシュはそわそわしながらキッチンとテーブルを行き来している。

「きれー、おやつはまだか」
「麻婆豆腐ならすぐできるんだがな」
「や、やっぱ何分でもかかっていいから、からいやつ以外を作るのだぞ!」




title:へそ

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