蟻を見ていると思い出すことがある。私がまだ幼かったころの話だ。夏の日に、ふと地面を見たら蟻が歩いていた。蝉の声が煩わしくて、陽射しが肌を焼くように降り注いでいた。風がない日だった。蟻は必死に死んだ蝿を運んでいる。よくある風景だった。ありふれた光景だった。





「そこにお前はなにを魅入だしたというのだ、綺礼」

ワイングラスを揺らしながら、ギルガメッシュは妖艶に笑った。つくづく魔性という言葉が似合う男だと思った。

「べつに、なにも魅入だしてなどいない」
「嘘だ」

間髪入れずに彼は言う。

「お前はそこで何を感じたのだ。死んだ蝿への哀れみか?必死に食糧を運ぶ蟻への感心か?違うだろう、綺礼」

ギルガメッシュはそう言って、椅子に座る私の腹の上に腰をおろした。見た目通りの痩身には体重がほとんどなく、圧迫感はあれど苦しくはない。成人男性にしては細い指が私の頬を撫で、耳の裏を擽る。その手つきは母親のような優しさを含んでいた。まるで心の中を暴かれる感覚が、腹の底から沸き上がる。ふふ、とギルガメッシュが息をもらす。

「やはり貴様は面白いぞ、綺礼。我を退屈させない」
「楽しませたつもりはない」
「そのうちにわかる。お前の中にあるものにな」

さてこの話はもう終いだ、とばかりに腰をあげた傲慢な王の腕を掴む。力を入れてしまえば折れてしまいそうだ。ギルガメッシュはふいをつかれたのか、喉の奥から変な声を出した。そのまま腕をひっぱり、私はギルガメッシュの唇にかじりついた。ガッと鋭い痛みが走り、唇から血が滲む。

「なにをするのだ!痛いであろう!!」
「したかったからしただけだ」
「は?」

ギルガメッシュはぽかんと口を開けたあと、ふるふると肩を震わせて、ついに堪えきれなくなったのか、大声をあげて笑いはじめた。私はそれを眺めながら、いつかの夏を思い出す。

蟻はバラバラに千切って殺してしまった。蝿の死体は踏み潰した。私はただ、彼らのようにはなりたくないと思ったのだ。


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「 肉体的には言金だけど精神的には金言な話 」でした。リクエストありがとうございました!


title:joy

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