*ディルギル


それは砂糖のように甘くて蕩けそうなほど幸せなの。



「くしゅん!」

冷えた冬の空気にギルガメッシュは小さくくしゃみをした。春が近づいているとはいえ、街はまだまだ寒い。それを隣で見ていたディルムッドは苦笑した。

「そんな寒そうな格好をしているからだ」
「うるさいぞ。なぜ王たる我が着込まねばならんのだ。気温が我に合わせるべきだ―…くしゅっ」

ぶるっと震えるギルガメッシュの肩に上着を羽織らせてやると、震えが少し小さくなる。そのまま肩を抱けば暖かくなったのかギルガメッシュは小さく息を吐いた。





遠坂邸にいるのに飽いたギルガメッシュが黙って街に出掛けるのは常のことである。そのことについて始めは口を酸っぱくしてきた時臣も最近になると口を出さなくなった。英雄王が自身の言葉に耳を傾けることはないと理解したからかもしれない。

しかしそれが悪かった。

時臣は知らなかったのだ。口を出さねば子どもの行動はますますエスカレートすることを。




その日ギルガメッシュはいつものように遠坂邸を出たのだが、毎回街に降りていたので少々飽きて来ていた。そこで思い付いたのは冒険である。適当に通りかかったバスに乗り込み風景を眺める。王が座るにしては質の悪い椅子に顔をしかめたが、庶民の乗り物ならばしかたないと王の許容で許した直後、午後の暖かな陽射しと緩やかな振動による睡魔に襲われ、気づくと見知らぬ街に降ろされていた。




ディルムッドがその光景に出会ったのはソラウに頼まれていたお使いの途中だった。雪の舞う街でいつぞやの金髪を見かけたのだ。しかしその姿にいつもの王気はなく、迷子が泣き出しそうな、そんな雰囲気があった。

「…アーチャー?」

声をかけると、不安に揺れた瞳と目があった。





「それにしてもアーチャーのマスターが律儀な人でよかった」

そう呟いたディルムッドの手には、ギルガメッシュが万が一迷子になったときのためにと、時臣が持たせた遠坂邸の住所が書かれた紙が握られていた。が、まさか他のサーヴァントに見られるなんて時臣も想像していなかっただろう。

「…足が痛いぞ雑種」
「それは普段あまり歩かないからでは?」
「我が足が痛いと言っているのだぞ」

突然止まったかと思えばそう言い出したギルガメッシュにディルムッドは目を丸くしたあと、やれやれと肩を竦めた。

「ここは貴殿の国ではないが」
「我の国は国という矮小なものではない。この世界全てが我が領土ぞ」
「…ならば致し方あるまい」

ぐ、といきなり腰を掴まれたかと思うと膝裏に腕をまわされ、そのまま体を持ち上げられる。所謂お姫様抱っこだった。

「な、なにをっ」
「姫抱きをしているだけだ」
「それはわかっておる!なぜ王たる我に街中でそんな辱しめを―…ッ」
「人前で霊体化できないだろうし、このほうが足に負担がかからないだろう。それとも自分の足で歩くのか?」

そう言われ、ギルガメッシュは口をつぐむ。足は歩きすぎで赤く腫れているし、顔は耳まで真っ赤だし、なんだか居たたまれなかった。





「ここだな」

眼前にそびえ立つ屋敷に遠坂の表札を確認すると、ディルムッドはギルガメッシュをゆっくり地面へと下ろした。

「ふむ、王を送り届けるという大義、ご苦労であった。誉めてつかわす」
「普通に礼を言えないのか」

ふは!と思わず吹き出したディルムッドにつられてギルガメッシュも笑顔を溢す。その後なぜか赤くなったディルムッドにギルガメッシュは上着を返そうとするが「寒くはないから着ていてくれ」と断られた。

「じゃあ俺はそろそろ帰るか」

踵を返したディルムッドの袖をギルガメッシュは咄嗟に掴んだ。

「ま、また一緒に…っ」

そこまで言ってギルガメッシュは口を手で覆った。

(今、我は何を…!)

英雄王の周りには臣下として慕う者はあれどランサーのように紳士的に友好的に、下心なしに接する者はいなかった。だからだろうか、ギルガメッシュはディルムッドの行動のひとつひとつに目を奪われ、胸をときめかせた。(英雄王は男性故にチャームは効かない)(だとすればそれは―…)

言わなければよかった。あれはなかったと俯いたギルガメッシュの頬が暖かい掌に包まれる。

「俺も今日は楽しかった。機会があればまた遊ぼう。今度は迷子になるなよ」

耳元でダイレクトに低く耳障りのいい声が響いたあと、ちゅっ、と小さく音をたてて額に口付けられる。

今度こそお別れだ、と歩き出したディルムッドの後ろ姿を見送りながらギルガメッシュはまだ熱を持っている額に触れる。心臓が壊れそうなほど脈打っていた。


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「ディルギルで紳士なディルにギルがドキドキ」でした。リクエストありがとうございました!


title:家出

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