short | ナノ
ドSな幸村



「ミルクティー買ってこいよ」
「はい…?」



後ろの席に座る幸村精市くん。其処の辺の女の子より綺麗な顔をした彼は、その容姿から儚げな印象を持たれがちである。だが、私は知っている。この優しげな姿からは、考えられない傍若無人ぶりを。そんな彼に背中をつつかれ、振り向くと同時に発せられた言葉。それに耳を疑うような声を発するとガツンっと椅子の足を蹴られた。そして、もう一度ミルクティー買ってこいよとの発言。くっ…凄い笑顔だなオイ。だが、今日こそ私は、屈しない。屈してなるものか。ここで屈したら高等部に上がっても奴隷のようにこき使われるに決まっている。なので無視をして前を向き、本を開いた。途端に椅子の足を蹴る行為に拍車が掛かる。我慢だ、我慢。



「鷺ノ宮、聞こえてるんだろ。返事しろよ」
「…」
「ふーん、へえー。あくまで俺を無視するんだ?」
「…(何か禍々しい気配が…っ!!)」
「幸村君、どうかしたの?」
「ううん、何でもないよ」



何て奴だ。先程とは打って違う柔らかな声音での返事。何処までも分厚い猫を被ってんの。そんな私の心のうちを察したのか。思い切り椅子を蹴られ、その勢いに椅子から転げ落ちた。嘘でしょ、何でそんな力が出るんだよ。恐る恐る顔を上げ、幸村くんを見たら美しく微笑んでいた。死亡フラグが総立ちした気がする。



「大丈夫?鷺ノ宮さんが急に落ちるから驚いちゃった」
「すいません…」



白々しい。何処まで白々しい奴なんだ、本当に分厚い面の顔をしてやがる。そう思いはしたが、カタカタと体は震えていた。ヤバイ、ヤバイぞこれは。逃げろ逃げろと本能が命ずる。それに逆らうなんて馬鹿な真似はせず、すいませんと謝って全力でダッシュした私は陸上部並のスタートダッシュを切れたと思う。最初から逃げとけば良かったんじゃないか。どうせ自習だし、幸村くんが部活に行ってから荷物を取りに行けば良いんだ。勝った今日と言う今日こそ勝った!裏庭まで来て高笑いしているなんて変人だけど嬉しいんだから仕方がない。幸村くんが追い掛けてくるなんてこと先ずないから安心していれば、肩を誰かに掴まれて押し倒された。



「え…?」
「うわっ凄い間抜け面。不細工だなぁー」
「ゆ、幸村くん…」
「こないだから生意気なんだよね。俺から逃げるなんて本当に何様って感じ」



押し倒されたまま、思い切り笑顔で首を絞められた。ギブギブと訴えてみたけれど効果なし。誰だ神の子なんて言った奴、出てこい。これは悪魔の子だから!暫くして漸くと解放されたが、起き上がって異変。首に首輪がされていて、そこから伸びる鎖は幸村くんの手元へと伸びている。頬が引き攣った。えっなんだこれ。鎖を持って引っ張ってみたけれど外れない。首輪なんて鍵がついていて、その鍵は悪魔が笑顔で握っている。



「えっ、あの幸村くん…は、はずして。このままじゃ可笑しな噂が…」
「お前が変態なのは元からじゃん。あーあー、もう授業終わっちゃうね。取り敢えず部室行くよ」



取り敢えずじゃねーよ。しかもテニス部の部室なんて私からしてみれば、拷問部屋同然。人の目を気にせずに私の事をいたぶれるのだから。鎖を凄い力で引っ張られるから引き摺られるまま歩き出す。下手に逆らえば首がどうにかなってしまう。とぼとぼと歩き、ノロマと罵られながら拷問部屋にこんにちは。もう死んだよこれ人生終了のお知らせだよ。部室にある椅子に幸村くんが座って当然ながら私は、冷たいコンクリートの上で正座。部室なんだから床が教室のようにタイルなんかじゃないから凄く痛い。



「で?何か言うことは?」
「すいませんでした!!私ごときが幸村様の手を煩わせてごめんなさい私は屑です」
「ほんとだよ」



きっちり綺麗な土下座をした。プライドなんて何処かに捨ててきている。そんなものがあったら生きてなんていけない。



「俺の手を煩わせないでよね。あ、頭上げたらぶっとばすから」
「なんて理不尽な…」
「何か言ったかなー?」
「いえ何も」



土下座したままの頭を踏まれる。ああ、なんて理不尽で傍若無人なんだ。こんな事ならミルクティーを買いに走っとけば良かった。何で今日に限って追い掛けてきたんだよ。土下座したままでいれば、テニス部のレギュラー達がやって来た。私を見て憐れみを向けるのは何時ものこと。助けてくれたことなんて一度もないけど。



「今日も見事な土下座じゃな、鷺ノ宮さん」
「てか、幸村君…その鎖、なに?」
「ああ、これ?最近やたらと反抗的で逃げ回るからさ。追い掛けるのも面倒だから放置してたら図に乗ったみたいだから逃げられないようにしてやったんだ」
「それは災難だな、鷺ノ宮。まあお前が精市から逃げる事は後にも先にも100%無理だが」
「嘘でしょ!?」
「煩いよ駄犬」



思わず、頭を上げたところ煩いとの言葉と共に再び頭を床へと押し付けられた。しこたま打った鼻と額が痛い。マジで理不尽だ。そもそも何でこうなったんだっけ?たまたま幸村くんに珈琲ぶっかけちゃったからだよ!過去の自分が恨めしい!ぐりぐり頭を踏まれ、それから頭を上げる事が許された。本日も見事な憐れみぶりだねレギュラーの皆様方。切原くんなんて泣いてくれてるもん。明日、飴ちゃんあげよう。



「だ、大丈夫ですか?鷺ノ宮さん、鼻が赤くなって…」
「や、柳生くん…!やっぱり紳士だね!優しさが凄い心に染みるよ!」
「なにご主人様以外に媚売ってるのかな。だからお前は駄犬なんだよ」
「媚売ってないんですけど!」
「あははっ、口答えする気かい?」



物凄く笑顔で鎖を引かれて首が絞まった。ダメだ、これがある限り逆らっちゃダメなんだ。肩を落としながら幸村くんの横に大人しく正座しておく。憐れみの視線が強まったのを感じながら、げしげし蹴られるのを我慢する。だって高等部に行ったら自由の身になれる。クラスだって離れるだろうし、幸村くんはテニス部で部長じゃなくなる。だから傍若無人ぷりを部室じゃ発揮できなくなるんだ。



「ああ、安心しなよ。高等部に上がってもぼろ雑巾になるまでこき使ってやるからさ」
「…そ、そんなの遠慮する、」
「えっ嬉しいの?とんだドM女だね」
「言ってない言ってない。お願いだから言葉のキャッチボールを…」



おろおろする私を鼻で笑いながら幸村くんは、ご満悦気味。本当になんと言う死刑宣言。高等部でも、こんな扱いをされなきゃならないなんて…。一矢報いてやりたいが、やったら後が怖くて出来ない。ぷるぷると地獄のスクールライフを想像していれば、本日何度目だろうか。鎖を引っ張られ、幸村くんの整った顔が近くなる。普通の女子なら顔を赤らめるんだろうけど、私は血の気が引いていくのが分かる。



「高等部も宜しくね」



激しく宜しくしたくない。そう思いはしたけど、反論したらこの近さだ。確実に瞬殺される。恐怖に震えながら曖昧に頷くと頭を撫でられた。なにこれ怖いマジでホラー。その後、高等部に上がった私は卒倒しそうになった。何で幸村くんが隣の席にいるのだろうか。

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