不条理を哀す | ナノ
くらくらする脳を抱えて叫んだ



重い寝苦しい。腹部に感じる圧迫感とともに、そんな感想を持ちながら目を開けた。寝起きで未だに開けきらない目元を擦ると無意識に握っていたらしい掌が痛んだ。どうやら、まだ癒えていないらしい。それにしても、誰だよ…上に乗ってる奴。漸くと視界が、ちゃんとした役割を果たすようになった所で相手が分かった。テディベアを抱き締めながら、私の上に正座している人物には一人しか心当たりがない。



「何やってるの、カナト。上に乗らないで欲しいんだけど」
「おはようございます、姉様。お腹が減ったので血をください」
「…血液錠剤でも飲んでれば。それより早く降りて。まだ彼奴が来る時間じゃないし…もう一眠りする」
「今日は、ライトは来ませんよ。僕が変わって貰いましたから。姉様が血をくれるまで僕も姉様には、あげません。僕があげなきゃ、今日一日は動けませんよね」



にっこり笑顔を浮かべるカナトを心底、床へと落としてやりたかった。人の弱味につけこんで、それか。何て言うか汚い奴だな。学校でカナトを可愛いとか言ってる女子生徒達は、こいつのこんな一面を知るべきだ。溜め息を吐き出すのを堪え、苦い表情を浮かべながら自力で体を起こそうとした。だけど、カナトが乗ってることに加えて体に力が入らない。何時もなら体を起こすことぐらいは出来るのに、こいつのせいで…。私の動きを黙って見ていたカナトは小さく笑い声を漏らしながら耳許へと唇を寄せてくる。



「動けない?姉様が血をくれたら直ぐに僕もあげるから…ね?」
「はぁ…一つ忠告しとく。純血種の血を取り込むなんて碌な事がないよ」
「…どういう意味ですか?」
「良くも悪くも純血種の血は、人間にも吸血鬼にも影響を及ぼす。あまりお勧めしない」
「別に構いませんよ。純血種の血なんて滅多に口に出来ないご馳走なんですから」



血への欲求を浮かべる紫色の目に呆れた表情をした私の姿が映り込む。どうせ、拒否権はないんだろ。そう言えば、笑いながらカナトが首筋を人差し指でなぞっていく。溜め息を吐きながら、勝手にしろと呟いた。途端に性急に牙が肌へと食い込み、皮膚を突き破っていく。鼻先を掠めていく血の匂いは、鉄臭いものだ。自分の血なんて飲むこともないし、美味しく感じるわけでもないのだから、こんな匂いなんだろうな。それにしても噛まれるのはなれない。人間の頃に何度か噛まれたとは言っても、慣れるはずもないか。この体になれば、尚更だ。直ぐに治ろうとしている組織にまた無理やり傷をつけられ、抉られているのだから。これだから異常な治癒力なんて邪魔でしかない。



「…カナト、そろそろ止めて欲しいんだけど」
「ん、はぁ…もう少しだけ……んんっ、」
「思い切り痛く噛まれたくないなら止めろ」
「……姉様の意地悪。どうしてダメなんですか…」
「頼むから人の上で泣かないでよ。…血に酔われると面倒だから。今も若干そんな感じで歯止めが聞かなくなってる感じだし。はい、終了」



涙を浮かべ始めたカナトに釘をさしてから、その体を遠ざける。既に噛まれた傷は消えていた。多少なりとも治癒の早さをコントロール出来なくもないが、この時に関しては、さっさと塞がっていて正解なのだろう。それにしても何か吸われ過ぎた気がする。漸くと体を起こすことが叶い、膝に頬杖をつきながら未だに納得がいかないらしいカナトへと視線を向けた。



「それで約束は?」
「僕は、痛いのが嫌いです。ライトの時みたいに吸血しようものなら怒りますから」



別に彼奴に関しては煩いからわざと痛くしてるんだけど。でも、最近はM度合いが悪化してきたらしいから普通にした方が良いのかも。あー、でも面倒くさいことには代わりがないんだろうな。近付いてきたカナトの襟元を緩め、牙を突き立てる。あまり好かない吸血行為を早々に終わらせるために活動に足りる分だけを貰い受け、直ぐに緩めた襟元を正して終了。その早さに少々、目を丸くさせるカナトは静かなものだ。これがライトだと、それはもう煩くしつこいのだけど。今度から血を貰う人選を変えた方が良いのかもな。



「もう良いんですか?それだけで?」
「あとは血液錠剤で代わりが利くから。どうしても寝起きだけが動けないだけだし」
「姉様って吸血鬼として何処かしら欠落してるんじゃないんですか?そんな不味いモノを代用品にしてるなんて」



昨日も似たようなことを言われましたよ。ベッドから立ち上がり、まだ信じられないとばかりの表情を浮かべているカナトを放置してクローゼットの中を漁っていく。今日は別に出掛ける予定もないから楽な服装で良いか。昨日の事も電話で話せば事足りるだうろから。手早く着替えを済ませた頃に部屋の扉がノックされた。この家で、こんな事をするのは一人しかいない。



「入っていいよ、ユイ」
「うん。おはよう、悠稀ちゃん。カナト君も此処に居たんだね」
「別に僕が何処にいようが勝手です」
「そんな事より何か用じゃないの?」
「あ、そうだった。お客様が来てるの。えっと、こないだの…夜間部の藍堂さん!」
「藍堂…?めんどくさっ」



今日は何の用なんだか。しかも直接、会いに来るなんて。また厄介事じゃなければ良いけど。後頭部を掻き、準備が出来たら行くとだけ伝えて部屋を後にした。取り敢えず諸々の身支度を整えないと藍堂が煩いし。そもそも来るんなら来るで連絡しろって言うの。不満を呟きつつ、さっさと身支度を整えてしまってからリビングへと降りた。脚と腕を組み、尚且つアヤトと口論している様に鬱陶しさしか感じられない。しかも今日は保護者の架院がいないとは誤算である。



「藍堂、うるさい。それで用は?」
「こんな時間まで寝てるなよな!しかも、この僕を待たせるなんて何様だ」
「お前が何様だ。お帰りは彼方だよ、藍堂。その藍堂さんのお土産だけ置いて帰れ」
「なっ!父様がお前にって言ってたけどな!悠稀なんかには勿体ない高級ロールケーキなんだぞ!?」
「うん。だから置いて帰れって言ってるの。聞き分けがないなら枢に、言いつけるぞ」



卑怯だぞと地団駄を踏む藍堂の手元からロールケーキを頂戴し、使い魔にそれを預けてしまう。それにしても藍堂さんってば、私の好きなものを良く覚えててくれてる。彼処のロールケーキはお気に入りなんだよね。さて、悪ふざけもここまでにしとくか。どうやらユイが煎れてくれたらしい珈琲を飲みつつ、藍堂の話を聞くことにした。



「昨日の騒ぎの後に一般吸血鬼が人間を襲っていたんだ。それを取り押さえた際に、こんな物を持っててな」
「血液錠剤?見たことがないタイプのだけど」
「僕が調べた限りは、新種のヤツだ。公認されたものじゃない」



なるほど、つまりは闇ドラッグか。藍堂から受け取ったそれを見つめながら、それを一つ取り出した。実際、口にした方が早い。口の中へと放り込めば、通常のモノより質が良いものだと直ぐに分かった。まず味が違う。闇ドラッグにしては体に害がなさそうだけどな…。そう思った矢先に何とも言えぬ気分に陥る。咄嗟にまずいと思い、口許を押さえた。



「バカか!そんな物を飲む奴がいるか!」
「っるさい、ちょっと…」



黙れ。そう言い切る前にソファーから立ち上がり、走り出していた。ユイの心配するような声が後ろから聞こえてくる。それを振り切るように自室まで走り、部屋の棚にある物を床へと落としながら目当ての物を探し出す。滅多に使わない毒物だが、これを飲めば吐き出せるだろう。それを片手に洗面所へと走り、中身を一気にあおった。死ぬようなものでないので躊躇なくあおったものの、苦しいものは苦しい。だが、胃に入り込んだ異物を吐き出したいのだから仕方がない。一通り吐き出したところで喉が酷く痛んだ。体に僅かながらも血液錠剤の成分を取り込んだらしく、まだ可笑しな高揚感を感じる。きっと、この薬は気分を高揚させ、血への欲求を煽るもの。それも度が過ぎたものだ。私が、この程度で済んだとしても普通の吸血鬼なら間違いなく人間を襲って食い殺してる事だろう。



「最悪…」
「何やってんだよ、お前。バタバタうるせぇよ」
「スバル…いや、何でもない。ちょっと近付かないでおいて」
「は?どうかしたのかよ?」
「何でもないから近付くな。噛まれたくないでしょ」
「何ワケのわかんねぇ事言って…」



ドクドクと心臓が強く脈打っていく。飢えていても我慢できるのに急速に喉が渇いていく。その場に喉を押さえながら、空いた手が床を掻いた。そんな私にスバルは無遠慮に近付いてくる。近付くなって言ってるのに。…いやだっ、いらない。血なんて欲しくないのに。気が付けば、スバルを押し倒していた。

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