不条理を哀す | ナノ
彷徨える悪魔は涅槃に還る



あーあ、退屈。ブラブラと足を動かしながら漂ってくる血の匂いに眉を寄せた。お姉さんの血の匂いって確かに良いんだけど、人間を食べる気なんて起きないから不快なだけ。それにしても、こんな事が毎日あるんなら悠稀について行けば良かったかなぁ。そう思いはするけど、帰ってきた使い魔の報せにそれをしなくて良かったことを思い知らされる。協会による拘束。まあ、ある程度は予想してたけどね。これで、私を受け入れる気になったかしら?けど、癪に触るなぁ。カールハインツ如きの策略に乗るなんて。それは、きっと片割れも同じ。体に同化していくように消えていく分身を一瞥し、開かれた部屋の扉へと視線を投じた。



「お姉さん、お帰り。大丈夫?」
「え、うん!大丈夫だよ!」
「でも、痛そう…よく我慢できるよね、その弱い体で」
「悠稀ちゃん?どうかした?」
「ううん。お姉さんこそ何か言いたい事があったんじゃないの?お兄さんに連れていかれる前に何か聞きたそうだったよ?」
「あ……悠稀ちゃんの昔の話とか聞いてみたかったんだ。吸血鬼の子供が生気を吸うとか知らなかったし」
「…へえ。良いよ?教えてあげる」



私の過去を知りたいって?そんな面白くもない話を?ははっ、人間って何でこんな下らない話に興味を持つんだろ。他人の過去を聞いてそれを自分と比べて優越感に浸ったり妬んだりしたいからなのかな?ああ、これって穿った考えだったかも。でも、そう思わずにはいられないよ。今と過去は別物だから知らなくても良いことを知りたがるからさ。教えてあげると言葉を口にした途端に目を輝かせる彼女から視線を外し、自らの手首を噛んだ。突然の事に驚くお姉さんを無視して浮かんでくる赤に笑みが浮かぶ。きっときっと、後悔するよ。過去を知りたがった自分の愚かさを。



「悠稀ちゃん…すぐに包帯持ってくるからっ、」
「いらない、こんなの直ぐに治るもん。それよりお姉さん、知りたいんだよね?」
「う、うん」
「じゃあ、私の血を飲んで。話すよりそっちの方が手っ取り早いもん。それとも…やめとく?」
「え、えっと…わかった」



恐る恐ると私の血をお姉さんは舐めた。もう塞がった傷の痕跡を物語るのはシーツの上に滴った血だけ。血を体内に取り込んだお姉さんの体がベッドへと倒れこむ。痛い苦しい?冷や汗を浮かべながら苦しそうに呼吸を繰り返す彼女に問い掛けた。頷くだけしか出来ないお姉さんを安心させるように頭を撫でていれば、自然と瞼が落ちていく。さあ、見ておいで。悠稀と言うなの人間でも吸血鬼でもない半端者として過ごすことを選んだ者の記憶を。魘される彼女を冷めた目で見下ろしていれば、血の匂いに引かれて来たであろう三男が無遠慮に部屋へと入ってきた。お姉さんの様子を見て直ぐ様に私の首を絞めてくる。やだな、血の気が多い奴って。



「こいつに何しやがった!」
「別に何もしてないよ?ちょっと私の血を飲んだだけ」
「お前の血を…?」
「うん。まだ体が人間のお姉さんには刺激が強かっただけだよ。全てを辿り終えたら自然と目を覚ます。…だからさ、離してよ。不愉快」



お兄さんを思い切り睨み付け、その手を払った。多少の息苦しさはあるけど、この程度じゃ死なない。いや、死ねない。首をはねるか心臓を刺すか。たぶん、そのぐらいで漸くと死ねる可能が出てくる。ホント厄介な体だよね。人間も不便だけど吸血鬼の体だって不便なものだ。手首に残っていた自分の血を舐め、記憶を辿る様子を静かに見つめていた。あーあ、また暇になってきちゃった。退屈は敵だよ全く。



「おい、さっき辿るって言ってたよな。何をだ?」
「私の記憶。お姉さんがバカみたいに知りたいって言うから。そんなもの気持ちの良いものじゃないのに人間って知りたがりだよねー」



ベッドへ体を投げ出しながら答えを口にした。それにしても目を覚ますのを待ってるのも飽きて来ちゃったなー。ついでに首のこれもいい加減に邪魔だし。大人しく体に力が馴染むのを待ってたけど、そろそろ外せるかな?首のチョーカーに手を掛けたところで魘されていたお姉さんが悲鳴とともに閉じていた瞼を開いた。唐突なことに驚き、反射的に閉じてしまった目をゆっくりと開く。ボロボロと涙を流す彼女と視線が交差する。その瞳に映るのは様々な感情だった。そんなに怖いなら見なければ良かったのにね。ほーら、後悔してる。可笑しくて可笑しくて小さく笑い声が漏れていく。お姉さんの悲鳴のせいで屋敷内で複数の気配が動き始めるのを感じながら首からチョーカーを無理やり剥ぎ取れば、術式による無数の傷が掌に刻まれる。血塗れのチョーカーを床へと捨て、傷の血を舐め取ってしまう。



「最悪…これってなかなか治んないだよね…。血が止まんないし…悠稀のバーカバーカ。文句言ってやる」
「悠稀ちゃん、あなたっ…どれだけの人を殺して……」
「お姉さんってば吸血鬼と人間の見分けもつかないの?人間じゃなくてアレは吸血鬼。何人殺したって聞かれてもなぁ…集落一つ分?そんぐらいしか覚えてないや」
「おい、チチナシ。どういうことだ」
「っ…悠稀ちゃんが、沢山の吸血鬼の人を殺してて…それで、最後に……」
「ちょっとちょっと、今の悲鳴どうしたわけ?」
「ついにその子供が何かしたの?」
「別に何かしたわけじゃないよ?…そろそろ条件は揃いそうだし帰ろうかなぁ」



まあ、後は悠稀の覚悟しだいだもんなぁ。それにしても本当に厄介な体だよ全く。まさかこんなに長い間も眠ることになるとは思わなかったし?一年前だって覚醒すると思ってたのにとんだ誤算だったよ。あ、でもそれで私が目を覚ましたんだっけ?んー、じゃあ誤算って言うより時間が足りなかったのか。パタパタと窓に走り寄り、それを開く。空に浮かぶのは三日月。でも、今の私には関係ない。不完全でも力は使える。



「よいっしょっと」
「ま、待って!危ないよ!?」
「お姉さんってば本気で言ってるの?私の記憶、見たよね?この姿よりも幼い姿で私は大人の吸血鬼を殺せるぐらい強いんだよ?覚醒してなくたって、このぐらいの高さから落ちたって死ねないよ?」
「ユイさん、無駄な心配はお止めなさい。…ところで先程から条件が揃いそうだ、覚醒していないと仰られていますが、それはどういう意味ですか?」
「教えたら怒られそうだけど…お兄さん達と私はもう会うことないから教えてあげる!条件って言うのはね、悠稀が完全に覚醒してくれる条件だよ。この体に力が馴染まないから少し時間が掛かったんだけどね。それにしてもお兄さん達の父親もひっどいよねー。自分の息子たちを道具に使おうなんて」
「おい、そりゃどういう意味だ」
「成功率が低いとは言え、純血種でもないのに人間を吸血鬼へと変えるほどの魔力を持つお兄さん達が住むこの屋敷内にいるとね、力の回復が早いの。悠稀の体が急速に吸血鬼化したのもそのせい。そしてその血を飲むことで完全な覚醒をする。カールハインツは、それを知ってて悠稀を此処へ送ったんだよ」
「なるほどな…ハンターを住まわせるなんて可笑しな事を言ってくるわけだ」
「そんでもって覚醒って言うのはね、吸血鬼としての力が半分しかないからそれを完全に取り戻すこと。お姉さんは、その理由を見てきたでしょ?」



顔を真っ青にさせながらお姉さんは小さく頷き、その答えを口にした。特殊な術式を施した対吸血鬼用の武器で心臓を傷付けることにより、私を眠りにつかせて仮初めの人間の体を手にいれたこと。そして、その代償に失った力の半分。でも、悠稀ってば、それだけじゃ飽きたらなくて欠片まで外に出しちゃったんだよね。それで十年も眠ちゃったわけだし。用意周到だよ、ホント。小さく笑って窓辺へと立つ。そろそろ待ちくたびれて寝てるかなぁ悠稀ってば。



「あ、そうだ。最後にイイコトをお姉さんには教えてあげる」
「い、良いこと…?」
「その心臓の持ち主、私も知ってるよ。悠稀は気付いてなかったけど、その女は時期にお姉さんの意識を侵食して表へと出てくる」
「テメッ、何処がイイコトだよ!ざけんなっ!」
「最後まで人の話を聞けないのかなぁ?まあ別に良いけどさ。…お姉さん、本気で体を渡したくなきゃ、ちゃんと利用しなよ?」
「利用?」
「私の血、少しとは言っても飲んだでしょ?それを上手く利用して自我を保ってみなよ。運が良ければ、その女を消せるかもね?」



そして運が良ければ、悠稀が手伝ってくれるかもね?喉の奥で小さく笑いながら、くるりと体の向きを変えた。空に浮かぶ月が綺麗だと全く別のことを考えながら、一歩を踏み出した。重力に従って落ちていく体。地面に叩き付けられる前に体が変化していき、無数の蝙蝠へとなって霧散していく。ふふっ、力が満ちると便利な体だよ。

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