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怠惰陰陽師とひよっこ陰陽師



なまえは小さく欠伸を漏らした。さて、この状況は何なのだろうか。辺りを囲んでくる浮遊霊の群れに面倒くさそうに溜め息を吐き出す。どうして囲まれたのかなんて分からない。彼女は、ただ珍しく幼馴染み四人の買い物に付き合って外へと出てきただけだ。それで疲れて人気のない路地裏で子狐の神使と遊んでいれば、これである。



「ふわぁ……ねむっ、何なのさ……」
「わぁああああ、退いて退いて!!」
「へっ?」



此方へと駆けてくる黒髪の人物。その背後に群がる大量の浮遊霊。その数が多すぎて数えるのが億劫になったなまえは、当然ながらその場から動くはずもなく狭い路地で少年と激突。暢気に痛いと漏らしながら腕に抱いていた狐をコンクリートの上へと降ろし、未だに周りを囲む浮遊霊に面倒くさそうに霊符をちらつかせた。



「うわ、マジですいません!!ちょっと急いで……って、あれ?」
「君、邪魔だよ。……散らして来い、雛菊」



怯えたように大量の浮遊霊が後ずさっていく。その様子を無表情で見つめながら霊符を思い切り放ってやる。それを避けるように更に後ずさったかと思えば、神使である狐の雛菊によって追い払われていく。一般人の前ではやらないが、浮遊霊に追われていたことからそうではないと判断した結果である。周りを囲んでいたものも全て一掃し、戻ってきた雛菊を再び抱き上げたところで隣から感じる視線に顔を上げた。



「……なに?」
「陰陽師?」
「何だ、知ってるの?君もその類い…にしては浮遊霊に追われてるから違うのかな」
「あー、まだ修行中って言うか…ほんと最近になって始めたからさ」
「ふーん」
「あれ?もう興味失せちゃ…………って寝てるし!!」



路地裏の壁に背を預け、雛菊を抱っこしたまま器用になまえは眠りこけていた。話をしていた最中なのにと黒髪の人物――高尾は、がくりと肩を落とした。初対面だが、陰陽師であるなまえに興味があったのは言うまでもない。そもそも数が少なく、滅多に同業者とは出会えないのが陰陽師である。興味がわくのは必然的な事だ。話がしたいとウズウズする高尾を他所に眠っていた彼女だが、不意に目を開けて隣へと視線を投げ掛ける。それから思い出したように小さく声を漏らした。



「……君、狐神のお気に入りの人の子?」
「へっ?狐神?」
「あれ、違うのか?でも、その眼……神眼でしょ?」
「わかんの!?」
「分かるに決まってる。バカにするな」
「ごめんごめん。確かにオレの目は神眼だけど…狐神は知らないぜ?ただ、オレの友達は何処かの神様が最後の力をくれたんだって言ってた」
「なら間違いないよ。人の信仰によって産み出される神の大半はお稲荷さん…狐神だからね。それにしても…ふぅん…」
「な、なに?」



ジロジロと見るだけ見て、なまえは別にとの言葉を吐き出す。それきり興味が失せたのか。頭に雛菊を乗せながら宍戸に貰った鯛焼きの袋を開け始めた。もそもそと口へと運び、至福とばかりに無表情であった顔へと笑みを浮かべる。その様子を見ていた高尾は笑いだしそうになるのを必死に堪えた。見ていて飽きない上に面白いと言うのが率直な感想だ。だが、唐突に彼女の顔が無表情へと戻る。そして近くのマンホールの蓋が飛び、中から真っ黒な色をした異形の化物が姿を現した。



「でかっ」
「いやいや!何でそんな暢気!?」
「だって大きいから。…試しに祓ってみたら?」
「あのさ、オレの話きいてた!?最近、勉強し始めたひよっこなの!」
「だって祓うとか面倒くさいし動きたくないし。だったら君がやれば良いと思ったんだけど」
「うわっ何この人!オレの知ってる陰陽師の人達と全然違うんだけど!」
「あははっ、自分は自分。他人は他人」



無表情のまま笑い声だけを漏らすなまえは、やる気がないので座り込んだまま。このままでは危険だと判じた高尾が彼女の手を引いたが、動こうともしない。脱力しきった状態で鯛焼きを運ぶ手だけが動いている。



「ちょ、オレ何かキレそう!」
「短気は損気。此処から動くなって言われてるし、歩きたくない。それにあれぐらいの異形に逃げるとか体力の無駄」
「けど、そろそろマズイっしょ!近付いてきてっし」
「あ、このお店のやつ美味しい」
「暢気すぎ!」
「…突っ込み疲れない?」
「……うん」



脱力し始めた高尾を他所に段々と異形の化物は距離をつめてくる。相も変わらず暢気に鯛焼きを咀嚼するなまえに諦めたように彼は懐から霊符を一枚だけ取り出した。簡易的な結界なら何とか作り出せるだろう。だが、それが何時まで持つか。隣の彼女を見てもやる気は皆無なようなので、それがあるうちに引き摺ってでも逃げ出した方が良いのだろう。そう考えている間に異形のものの手がなまえへと伸びる。もう考えている猶予はない。霊符を放ち、気合いの声とともに霊力をこめる。そして作り出された結界が、その手を弾いた。なまえの口許に微かに笑みが浮ぶ。



「勉強し始めなんて、この世界じゃ言い訳にはならない。遭遇した時点でひよっこだろうと陰陽師は陰陽師だよ」



そう言うと漸くと立ち上がり、札を取り出す。詠唱を口にすると即座に苦しみだした異形の化物は、その体に霊符が触れた途端に霧散して消えていく。あっという間に片付けてしまったなまえは、大通りから自分を呼ぶ声にノロノロとその足を動かし始めた。



「あ、待って!オレ、高尾和成!名前教えてよ!」
「安倍なまえ。…帰る時には迷わないようにね、ひよっこ陰陽師」
「迷わないように…?」



その言葉に首を傾げながらも高尾は来た道を引き返し始めた。路地裏を抜け、開けた場所に出たところで感じた強烈な痛み。吹っ飛ばされる体に、今まで自分がいた場所へと視線をやれば、白いぬいぐるみの姿。物の怪のもっくんである。



「高尾お前!どこほっつき歩いてやがった!」
「いってぇ…何処って其処の路地裏に……はっ?」



高尾は振り返って呆然とした。自分が通ってきたはずの路地裏はなく、背後に広がっていたのは空き地である。ぬいぐるみの襲撃から間も無く、緑間が来たかと思えば、殴られる頭。状況が理解できない中で二日も自分が行方不明であったとの事実に更に驚きと混乱が広がる。



「え、だって…浮遊霊とかに追われてて路地裏に逃げ込んだら陰陽師とは思えないなまえちゃんがいて……」
「陰陽師?」
「そうそう。異形の化物が出ても動かないし、オレが術を使った途端にさっさと片付けちゃった変わり者の陰陽師だよ。そういや帰りは迷わないようにって言ってたっけ…」
「そいつの名前は?」
「安倍なまえちゃん。真ちゃんに会わせたら絶対に馬が会わなさそうな子だったぜ」
「安倍?安倍の家系にはそんな名前のやつはいないし…高尾、お前どっかに迷いこんだな。だから二日も行方不明のあげく、そんな忠告されたんだろ」



ぬいぐるみの言葉に高尾は妙に納得した気分になった。それにしても二日も行方不明だったことを周りに何と言えば良いのやら。小さく頭を掻きながら空き地を振り返った。今度は逃げるんじゃなくて術を使ってから逃げてみよう。なまえに言われた言葉を思い出しながら高尾は小言を続ける緑間の背中を笑いながら叩いた。





あとがき

リクエストありがとうございました、青桜様。怠惰の番外でしたので陰陽師繋がりで、その少女、陰陽師につきの高尾を出させて頂きましたが如何だったでしょうか?少し長目になってしまいましたが、楽しんで頂けたなら幸いです。それにしても夢主は何時から高尾が迷いこんできた人間だと気が付いていたのやら…。

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