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雑鬼権



お腹が減ったとなまえは、自らの腹部を押さえた。それでも動く気がないのか。部室に設置された専用のソファーの上でコロコロと転がり続けるだけ。一際大きな腹の虫が鳴ったところで漸くと辺りへと視線を走らせ始めた。何か食べ物はないだろうかと見渡してみたところ本日のおやつらしき鯛焼きの包みがテーブルの上に置かれている。その距離およそ三メートル。横になったまま手を伸ばしみたものの、届かないのは道理である。それでも起き上がるのも億劫な彼女は、腕をプルプルと震わせながらも手を伸ばしていた。



【頑張れ姉御!】
【あとちょっとだぞ!!】
「うーん、届かない…」
【諦めたら其処でおしまいだぞ!!】
【立つんだ!立つんだ姉御!!】
「……おい、何だこの茶番は」



部室を開ければ、届きもしない場所へと手を伸ばすなまえに加え、その周りで応援だけをする雑鬼の群れ。思わず跡部の口からは、そんな言葉が漏れていった。本当に何なんだ、この状況は。彼が心底そう思ったのは言うまでもない。彼女が何をしたいのかは、その視線の先を辿れば直ぐに察しがついた。だが、問題はその後だ。何故あれだけの距離さえも動かない。しかも、そんな応援をしてるなら雑鬼どもも取れば良いものを。頭痛がしてくると跡部は米神部分を押さえた。そこへやって来た氷帝レギュラー陣は、未だにアホなことをしてるなまえと雑鬼に呆れたように深々と溜め息を吐き出す。



「……動けよ!つか、大体そこからじゃ届かねえだろ!!」
「人間は無限の可能性を秘めてるんだよ。手が伸びるかもしれん」
【そーだそーだ。人間っつーのは化生になるんだからな】
【姉御が、あの伝説の実を食べてたらどーすんだよ】
「取り敢えず漫画の読みすぎや、雑鬼ども。そもそも自分らのアイデンティティの崩壊やぞ、そないな行動は」
【差別だ!オレたちにも漫画を読む権利はあるんだ!人権侵害だ!!】
「お前らに人権があるのか」
【何だとー!日吉のくせに!】



ピョンピョンと跳ねながら抗議の声を上げる雑鬼に目もくれずになまえは懸命に手を伸ばし続けた。だが、届かないのは当たり前。不意にそれを誰かが手に取り、彼女へと手渡した。表情に乏しいなまえは顔色一つ変えなかったものの礼の言葉を口にしてから鯛焼きへとかじりつく。その横で鯛焼きを取ってやった女――毛倡妓は、そんな彼女の頭を撫でている。レギュラー陣は、その様子を目にして何処から現れたと疑問に思ったのは言うまでもない。


「毛倡妓、どうしたの?」
【久しぶりに会いたくなったのよー。本当に相変わらず可愛いわね、まったく。……それにしても、あんた達、何でなまえが手を伸ばしてるのに取ってあげないのよ】
「いや、普通に立て歩けば取れるだろ」
【感じ悪ーい。生まれてこの方、この子が動かなくて済むように私たちが面倒を見てたのに…学校なんてものに通うから】
「Aー、もしかしてなまえちゃんが、こうなったのって……」
「甘やかせばええってもんちゃうやろ。お陰でこないなことになっとんで」
【だって可愛いじゃない】



こう言うダメ親っているよな。誰からともなく、そんな呟きが漏れていく。子の人格形成において幼少期の環境が大きく影響することが多い。何しなくていい、これしなくていいと甘やかされれば、それが当たり前になってしまう。その結果が怠惰の安倍なまえである。何故こんなにも祓い事以外に関してはダメ人間なのか、その理由がよく分かった瞬間だ。何人かが頭を抱える中で再度、自分たちの人権について雑鬼が騒ぎ始めた。



【オレたちにだって漫画を読む権利はある!】
【菓子を食う権利だってあるんだぜ!】
【雑鬼の人権を訴える会……面白そうね、それ!】
「やめろ、毛倡妓!余計なことを言うな!」
【雑鬼の人権を訴える会の発足だぁあああ!本部は此処!】
「やっぱり面倒くさいことになった…!」
【あら、じゃあ私は帰るわね】
「余計な事ばかりしてから帰らないで下さい。帰るなら大人しく帰れ」



そう言っても笑いながら毛倡妓は部室を後にしていく。既にやる気満々の雑鬼は旗を立てて人権について訴え始めていた。その姿は選挙前の議員のようだ。我々には歴とした人権が存在することを断固宣言する云々と言う姿をソファーの上から見下ろすなまえは眠たげに欠伸を漏らした。



「人権、ね…そもそも人じゃないじゃん」
「言われてみればせやな…」
【じゃあ雑鬼権?】
【何かださくね?そのまますぎるだろ】
【えー、じゃあ案があるやつー】
「……何かもう面倒くせぇ。おい、練習に戻んぞ!」
「それが良さそうだCー」



雑鬼の人権を訴える会に関わるのが疲れた跡部は早々に部室を後にして行き、誰もがそれに従った。当初のように雑鬼となまえだけとなった部室において彼女は再び欠伸を漏らすとそのままソファーの上で丸くなる。雑鬼の騒ぎ立てる声を耳にしながら深い眠りについた。





あとがき

リクエストありがとうございました、夏姫様。氷帝での日常は、こんな感じです。大抵、雑鬼などに振り回されて休憩に来たはずなのに疲れて戻っていく氷帝レギュラー陣。それを横目に寝る夢主です。

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