呪朱 | ナノ
心臓は静かに軋んだ



一先ず図書室に行くことを前提とした話し合いが始まった。私が行くと言うことからメンバーは秀徳で決まっている。そして他の階に何処の学校が行くかである。日記から想定するに犯人は複数。尚且つ仲間割れをしていることが想像できる。では、その犯人が何処に潜伏しているのか。それを調べるための探索班を二校選出することにしたのだ。後は待機もしもの時のための救出班となっている。それが最も今の現状において最良の判断だろう。



「はいはーい。俺、行きたい。いい加減つまんねえし、此処にいんのも」
「ふはっ、まあな。つー訳で俺らが行くことで文句はねえだろ?」
「分かりました。では、残りの一校は…」
「わしらが行こうかの」
「まじアルか。福井さんがビビって泣くアルよ」
「あ!?誰が泣くかよ!」



こんな会話によって決定。霧崎第一さんは、もうホラーゲーム感覚なのが見てとれる。何と言うか葉山さんと同じような感性のような気がした。扉の前まで移動をし、大きく深呼吸をする。やっぱり自分で言い出した事でも怖いものは怖い。震える指先を握りしめていれば、背中をポンっと叩かれた。振り返ると実渕さんがおり、頑張って頭を優しく撫でられる。それに小さく頷き、大坪さんを先頭に体育館を後にした。ひやりと冷たい空気が頬を撫でる。取り敢えず私が宮地さんたちと遭遇した場所まで移動をすることになり、其処からは私が来たルートを戻る形だ。周りを警戒しながら進んでいき、何事もなく教室にまで到着。其処から先に行こうとしたところで高尾くんに腕を引かれた。微かながらも焦りを滲ませた声で静かにと言葉を口にする。それに大坪さん達は大人しく従う。私には何が何だか分からなかった。けれど、大人しくそうしていると腕を掴む力が緩む。そして大きく息を吐き出しながら高尾くんは、もう大丈夫と言った。



「…ヤバかったわー。廊下の向こう側に斧を持ったのが徘徊してた」
「お、の…」
「お前の目もたまには役に立つのだよ」
「たまにはってひどっ!」
「目…?」
「ああ、教えてなかったな。高尾は鷹の目ってやつを持っててな。異常に視界が広い奴だと思ってればいい」



なるほど、それで見えないはずの廊下の向こう側が見えたわけか。高尾くんが止めてくれなかったら私は見付かっていただろう。そうなれば、足手まといでしかない私にしてみれば最悪を想定しなくてはならない。安堵と恐怖が入り交じり、微かに震え出した指をきゅっと握り締めると案内を開始した。来た道を戻り、辺りに注意をしながら階段があった場所へと辿り着く。けれど、そこには階段はなかった。壁が広がるのみだ。慌てて駆け寄り、その壁へと触れた。



「うそっ、何で…!?」
「道を間違えたか?」
「いえ、そんなはずはないです…確かに此処にっ、」
「なあ、これ。向こう側は空洞じゃねえのか?」
「空洞?どういう事ですか?」
「音の反響が違ぇだろ」



宮地さんは、険しい表情を浮かべながらドアをノックする要領で壁を叩いていく。そうすれば、ある地点で音が違ってくるのだ。向こう側が空洞ならば階段があるかもしれない。だが、私が来た時にはなかった壁は誰が作り上げたのだろうか。まるで向こう側に行かれると困るとばかりの妨害。もしかしたら向こうの校舎に繋がる階段全てがこのように封鎖されているのかもしれない。だとすれば、確実に脱出のための手掛かりがあるはずだ。



「壁を壊すしかないな。そうは言っても道具がない…」
「向こう側の二階に図工室がありました。其処なら何かあるのでは?」
「ああ、そうだな。取り敢えず一度、体育館に戻ろう」
「そうっすね。ゆずるさーん、行っちゃうぞー」
「ちょっと待って。これ!」



本当に偶然だった。視線を下に落とした時に見付けた文字。何かで壁へと彫りこんだようで、薄暗くてよく見えない。加えて血のようなもので汚されているから余計にだ。しゃがみこんでその文字の汚れを指先で拭っていく。



「"無条件で側にいられるなんて許せない。会えなくなれば良いのに。この壁みたいに隔ててしまえば良いのかな?"」
「どういう意味だ、そりゃ」
「普通に嫉妬、でしょうか…?そう言えば日記みたいなのは全部そう言うのしかないのかと言ってましたけど…」
「お前には見せてなかったな。戻ったら赤司に言って見せてやるよ」
「あ、はい」
「っ、ヤバイ!!来た来たっ!彼奴が戻ってきた!」



すぐに高尾くんが指す彼奴が何か分かった。あの斧男なのだろう。来た道を引き返すわけにも行かず、体育館に戻るには遠回りになるがもう一つの階段へと走り出す。斧を持っているくせに何て相手は足が速いのだろうか。このままじゃ追い付かれる。階段へと差し掛かり、不意に防火シャッターが目に入った。これが降りるまで時間が掛かる。でも、一か八かだ。乱暴にスイッチを押せば、シャッターは壊れていたのか。物凄いスピードで下へと降りてくる。あまりの速さにスイッチを押すために真下にいた私が避ける暇もない。痛みを覚悟したところで強い力で腕を引っ張られた。そして何かがぶつかる音。閉じていた目をゆっくりと開ければ、高尾くんが私を抱き締める形で壁へと背中を預けていた。



「あっぶな…俺が気付かなかったら下敷きじゃん。無茶しないでよ、ゆずるさん」
「ご、ごめんなさい…」
「朽葉、お前帰ったらマジで轢くからな」
「ひっ!ひ、轢くって…宮地さん!?」
「それより早く逃げるのだよ。奴はシャッターにぶつかってから動いていないようだが斧を持ってる。破られてからでは遅い」



緑間くんの言葉に防火シャッターへと視線を向ける。大きく凹んでおり、先程の衝突音はこれだったのだと察する。あと少し遅かったら私は斧の餌食だったわけだ。急いで階段を登りきり、体育館を目指す。階段を上がるときに感じた違和感を無視し、思考を切り替える。確かこの階にはあれがいたはずだ。上半身だけの男が。それがいないのを確認した矢先に別の物が視界に映り込んだ。物音を立てないように近くの教室へと隠れる。その教室に置かれた時計を見れば、秒針が猛スピードで回っていた。何周も何周も回り続け、それでも止まらない。つくづく此処は普通ではないのだと思い知らされる。膝を抱え、息を圧し殺していると大坪さんが視界の端で動くのが見えた。どうやら何かを見付けたらしい。大坪さんは紙らしきものから埃を払っている。覗き込めば、それは何かの見取り図だった。校内の地図じゃないのか。そう声を掛けようとしたところで首筋に何かがあたった。手を回せばぬるりとした冷たい何か。呼吸が止まったような感覚。がくがくと震えが走る。何でっ高尾くん、気付かないの…?ゆっくりと視線をあげれば、血走った目と視線が交差する。ひくりっと息を飲んだ。宙へと浮かぶ生首。私がそれを認識するとともに急降下してくる。咄嗟にその場にあった椅子を投げ付けた。突然の騒音に皆が顔を上げる。それから直ぐに状況を飲み込み、教室から出ていく。振り返らずに走り続け、前回と同じように体育館に飛び込んだ。肺が走りすぎて痛い。体育館を見渡すと最初に戻ってきたのは秀徳のようだ。



「高尾!何でお前が気が付かねえんだよ!ぶっ殺すぞ!」
「それ俺が聞きたいっすよ!でもゆずるさんのお陰で噛まれなくて良かったわー」
「か、噛まれ…?」
「真ちゃん顔真っ青だぜ?あの生首、歯がすげえの何の。ガチガチ鳴らしながら追い掛けてくっからさー」
「何々!?生首いたの!?」
「……何ではしゃげるの」
「ゆずるちゃん、大丈夫!?怪我はない?」
「あ、森山さん…」



手をがしりと掴みながら聞いてくる森山さんに首を縦に振りながら戸惑った。どうして、この人はこうなのだろうか。そんな森山さんの頭を何故か顔を真っ赤にさせながら笠松さんが殴った。後で教えてもらったのだが、笠松さんは女性が苦手らしい。殴られてもなお手を離さない森山さんをどうしたものかと考えていれば、宮地さんに呼ばれた。でも、手が離れない。私の状況を察したらしい宮地さんが近付いてきて容赦なく手を引き剥がす。そのまま立たされた私は慌てて足を動かした。



「宮地!何するんだ!」
「うっせえ!お前のせいで此方は話が進まねぇんだよ!」
「話?」
「他の奴等が帰ってきたら話し合いだろ。その前にさっき見せるっつた日記の話」



赤司くんの前に秀徳の皆が座っていた。きっと報告をしていたのだろう。大坪さんが持っていた見取り図は赤司くんが持ってるし。どうやら向こうの校舎の二階の見取り図らしい。そして差し出された日記の一部へと目を通し始めた。その中には優ちゃんが書いたものもある。ぴたりとある日記で手が止まった。

青君と話したい。でも、出来ない。他の子達が妬ましい。特にあの子。

このあの子とは私の事ではないのだろう。他の誰かをさした言葉。そして、この字は先程の壁に書かれていた文字と同じ筆跡だ。無条件で側にいられるなんて許せない。つまり青君の側に無条件でいるあの子が許せないと言うことなのだろう。では、どうして壁に書き込みをした?この壁みたいに隔ててしまえば…その文がやけに引っ掛かった。




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