まわる運命の輪をつぶせ | ナノ
不純物だらけの世界は苦しいだけだから



満足に眠れた気がしない。早々に目が覚めてしまい、隣に安眠状態のユイへと視線を向けた。よくこんな場所で眠れるものだと感心しつつ、どっと疲労が押し寄せてくる。昨夜、人狼が殺されてからは大変だった。何せ使えないラミアはカナトにボロクソにやられたらしく泣いて地団駄を踏み、それにカナトがキレてヒステリックを起こすし。おまけにライトとアヤトが助けてやったからどうのでしつこく噛もうとしてくるわで…オマケに寮長に本当に此処に泊まらされたとか。思い出しただけで、もう疲れてきた。後頭部を掻きながら近くにあった時計を引き寄せて時間を確認する。午後1時18分。こんな時間に起きるのは久しぶりだ。寮に入ってから規則正しい生活をしてたし。それにしても人狼のせいで暫く学校閉鎖って…どうしよう。つまり、寮も閉鎖ってことでしょ?家に帰るしかないよな、うん。



「ユキ……?」
「あ、ごめん。起こした?」
「んー…まだ早いから、一緒に寝よう?」
「いや、家に帰るから」
「え?」



私の言葉に驚いたように声を漏らしたかと思うとユイは、がばりと起き上がる。その目が、何でどうしてと訴えているのはよく分かった。だけど、私からしてみればユイが此処に住んでいる方が不思議だ。絶対に酷い目に遭わされているだろうし、それなのに何で留まってるんだって。そりゃ逃げられないからだって分かってる。でも、それだけじゃないような気がするんだ。確実に魔族に心を許してしまってる。私は、そんな風にはならない。例え寮長にだって。



「帰るって…ユキ、聞いてないの…?」
「何が?」
「お父さん、亡くなったの…東欧で…っ」



頭を鈍器で殴られたような気がした。それぐらいの衝撃を受けた私の口から言葉は何も出ては来ない。父さんが死んだ?そりゃ東欧に行ったのだから多少の危機は付き物だ。だけど、あそこはもうハンターが多いから逆に魔族たちにとっての危険区域になっていたはず。では、東欧に着く前に殺された?様々な憶測が浮かんでは消え、ついには何も浮かんでは来なくなった。これ以上は考えたくもない。自然と足から力が抜けてベッドの端に座り込む私をユイが泣きそうな顔で抱き締める。そして昔よくやってくれたように私の頭を撫でた。



「父さん、本当に死んだの…?」
「ずっとね、連絡が取れなかったの。それで……」



確かめてもらったの。ユイの言葉に誰にとは聞かなかった。考えなくたって分かる。性悪吸血鬼どもの言葉を何処まで信じるかにしろ父さんと連絡が取れなくなっていたのは事実だ。教会の人間に真偽を確かめるのが一番だろう。だけど、不思議と父さんが死んだことは事実のように感じられる。人間は脆い。それを良く知っているから。少しの怪我や病気で命を落とす脆弱な存在。幼い頃に刷り込まれた人間の認識が甦ってきて気分が悪くなってくる。もう彼奴のことなんか忘れたいのに。とっくの昔になくなった首の痣がまだあるような錯覚に陥って無意識にそこへと爪を立てた。



「そう…うん、それでも帰る。ハンターの人に話を聞いてくる」
「ユキ、父さんがハンターだったって知ってたの…?」
「私、魔族に狙われやすい体質みたいだったから父さんが教えてくれたの。ユイには心配させたくないから言わなかったけど」
「そっか…。まだ皆が寝てる時間だから行くなら今がチャンスだよ。でも、ユキも動くのが辛い時間帯だよ」
「ん、平気。昔に比べたら肌が赤くなったりする程度になったから心配いらないよ」



額をコツンっとくっ付け、そう言いながら心配そうなユイに笑みを浮かべて見せる。多少は辛いけど平気平気。最後にぎゅっと抱き締められてから立ち上がり、教えてもらった通りの廊下を歩いて玄関へと向かう。ユイは見送ると言ってくれたが、それを辞退しておいた。外に出ると眩しいほどの太陽が照りつけていて思わず目を細めてしまう。この時間帯は何時もなら教室の中だから久しぶりに太陽の下を日傘なしで歩くことになる。…大丈夫かな。また酷くならないと良いけど。小さく溜め息を吐き出し、少しでも直射日光を避けるためにフードを被ってから走り出した。何でこんな目に遭わなければならないんだ。これも全て人狼のせいだ。舌打ちを堪えつつ、大通りまで出ると一旦日陰で休憩をしながら信号が変わるのを待つことにした。



「あー…やっぱり赤くなってる。傘があってもなる時はなるからな…」
「あー、もう重たい!ユーマくんてば何でこんなに肥料を買い込むわけ!?」
「うるせぇな。必要だからに決まってんだろ」
「だからってこんなにいる!?」



同じように日陰の下で信号待ちをしているであろう二人組に自然と目が止まった。これは人間か、それとも違うのか。昔は判別できたけど今は出来なくなってしまったから分からない。でも、関わっちゃいけない気がする。自分の勘を信じ、視線を逸らそうとしたところで二人と目が合う。それと同時に信号が変わり、目を逸らすと同時に駆け出していた。振り向かずに走り、家である教会へと駆け込む。後ろ手で扉を閉め、空っぽになった肺が酸素を欲するがままに動くのを感じながら、その場にしゃがみこんだ。教会は礼拝の片付けをしていたようで神父達は飛び込んできた私を見て目を丸くさせている。その中の一人へと焦点を合わせ、ふらりと立ち上がった。



「これはユキさん。学校はどうなさったのですか?」
「少し問題が起きて学校は寮とともに暫くは閉鎖状態です。…お聞きしたいことがあります」
「それでは奥で聞きましょう。と言っても此処は貴女の家ですが」



父さんがいない間は教会側で此処は管理されている。だから、大人しく言われるままに教会の奥にある住居スペースへと移動をしてしまう。中は掃除はされているために清潔さを保ったままだ。客室として使われている一室に入り、神父と向かい合って席へと腰を降ろした。



「お聞きしたいこととは?」
「父が東欧で亡くなったと聞きました。本当なんですか」
「はい。今回のことは私どもも心を痛めています。優秀なハンターの一人であった方が亡くなられるとは…」
「そう、ですか…」



ああ、本当だったのか。まだ心の中で否定をしていた自分がいたのに。父さんは無事だって。悲しいのに不思議と涙は出ては来ない。我ながら薄情だな…。段々と俯きがちになっていくのは神父に顔を見られたくないからなのだろう。義理とは言え、育ての親の死に涙一つ見せられないなんて自分でも嫌で仕方ない。父さんの死について知らされなかったことは引っ掛かるが、それだけ教会も混乱していたのかもな。色々と考えて漸くと頭の中が整理されていく。



「この教会は私か姉が引き継ぐことは可能ですか?高校を卒業するまでは預かりと言うことで…」
「残念ですが、お姉さんは無理です。貴女だけならば良いでしょう」
「姉が無理…?何故ですか?私は養子なのに実子である姉が何で」
「お姉さんもまた実子ではないのです。そして彼女は生け贄として差し出された。今回の事に関して貴女の身は教会で引き取りますがお姉さんは不可能です」
「は…?生け贄って…」
「貴女にはまだ話していませんでしたね」



教会と逆巻家の関係を聞いていて頭が変になりそうだった。どうしてユイがそんな呪われた花嫁なんかにならなければならなかったんだ。じゃあ、父さんもこの事を知っていたってこと?ユイを預けるって決めたときから?そんな話なんて私は聞いてない。何でよ、何でハンターのくせにそんな事を許したの。父さんがあの時の彼奴と重なって見えて酷く気持ち悪く思える。こんな裏切りなんてないよ。



「学校が閉鎖状態なら好都合。すぐに貴女は教会側で預からせていただきます」
「…ずっと不思議でした。何でハンターのことを私に話してくれるのか…それに何でわざわざ教会が私の事を?」
「貴女は非常に魔族に好かれやすい体質です。それには、それなりの理由がある。魔族が貴女を喰らうことによって魔力を高めることが出来るのではないかと我々は考えています」



なるほど、つまり自分達の狩るべき敵が力を増すのを防ぐためってわけか。最終的には保身のためってことでしょ。ほんと笑える。教会に属す人間なんて聖職者なんかじゃない。やっぱり、ただの欲にまみれた人間なんだ。


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