怠惰陰陽師 | ナノ
三狐神



跡部へと手渡したところで問題が発覚したのは言うまでもない。一体誰がこの霊符を使えると言うのだろうか。全くそれを考えていなかったらしい紗雪は暢気に使えないのかと問いを発した。その彼女の頭を無言で思い切り向日が殴ったのは仕方がないことだろう。殴られた頭を押さえながら、無表情で痛い痛いと言葉を繰り返す。



「お前マジで馬鹿だろ!?」
「失礼な。普通、使えるでしょ」
「てめぇの基準で考えんな!」
「何か式はいないんですか?雛菊とか」
「それだ、日吉!」
「んーっと、火行の式はと……」



制服のポケットから符を取りだし、それから火行の式を探していく。そもそも相性が悪い式は持ち合わせていないことが多いのだ。ん?いや、待てよ。そう紗雪は呟き、一枚の符を引き抜いた。何でこれの存在を忘れていたのかと彼女は小さく息を吐き出す。安倍の家系図は安倍晴明から始まっているのは言うまでもない。その安倍晴明には有名な話がある。人間と妖狐である葛の葉の間に生まれた子供であるのだと。その話の通りであり、故に安倍の家は眷属に多くの妖狐が存在する。だからと言え、大人しく言うことを聞くような妖狐なんて一握りしか存在しない。式ではないが、そのうちの一匹に心当たりはあった。三狐神(さぐじ)ならば、どうにかなるだろう。他の妖狐に比べれば遥かに高位に位置しており、神使ではないが浄化能力の高い狐火を操る。今回の件において最適ではないか。符に霊力を込めながら呼び出すための祝詞を口にする。相手は妖狐とは言え、神と同列に近いものだ。それなりに本気で呼び出さなければならない。やがて、符から火が出たかと思えば、それは小さな狐火へと変わっていく。そして、そこから小さな狐が姿を現した。



「ちっちゃー」
「小さい言わないで、ジロちゃん。これ省エネ姿なの」
「妖怪に省エネとかあるんですか…」
「あるある。…三狐神、力を貸してほしい。跡部の指示通りに動いてくれる?」
【…鼻が曲がりそうな臭いにおいがするのう。何じゃ、あれの仕業かの?】
「…無視しおった」
「さーぐーじー、聞いてるの?」
【聞いとるわい。この童の指示に従えと言うのじゃろ。ああ、それにしても鼻がどうにかなりそうじゃ。このツケは油揚げだけでは払えんぞ】



流石、狐。ただでは動かないか。紗雪は後で供物なりなんなりを献上するから協力するのかしないのか。どちらなのか、はっきりしろと問い掛ける。それに対し、尻尾を大きく振って彼女の頬を叩くと是と答えた。そこで漸くと二手に分かれ、行動が出来る。曲がり角でそれぞれ反対側に曲がり、そのまま分かれていく。案の定、化け物は紗雪を追い掛けてきた。



「ところで、どうして暖炉まで誘き寄せて燃やすんです?今だってその気になれば燃やせたじゃないですか」
「甘いよ、ぴよしー。此処の洋館には至るところに血や怨念が染み込んでる。だから、それで甦る。でも、流石に暖炉の中には血なんてないでしょ」
「なるほどな。お前も考えてんのか」
「向日にバカにされるとか心外だ」
「お前の方が絶対に頭悪いからな!」
「悪くないし!向日よりマシだし!!」
「二人ともやめへんか。今はそないなこと言って――」



忍足の言葉を遮るように何かが間をすり抜けて行った。無言で全員が前を見れば、床に突き刺さる錆び付いた斧。それから背後を振り向き、再び前を向くと全力で走り出した。何でだよ、さっき斧を投げたから持ってないはずなのに何で持ってるんだよ。ゲームみたいに自動でリロードされるとかないだろ。そんな事を誰かが思ったところで口に出せるような状況ではない。そもそも怪異相手にまともに思考回路を回すだけ無駄である。一先ず三狐神がいれば、すぐに火をつけることは可能だ。それならば、そこまで逃げ回る必要もないだろう。足止め代わりに式を放ち、洋館内を一周する形で暖炉の部屋を目指した。だが、あと少しと言うところで廊下の床が目の前で崩れ落ちていく。慌てて足を止め、背後を振り返ると既に化け物は近くまで迫ってきていた。



「…この穴、底が見えへん」
「落ちたら確実に終わりでしょうね」
「つーか、あの化け物…笑ってやがるし…」
「…仕方がない。面倒くさいからやりたくないんだけど……跳ぶ」
「跳ぶって…この穴をですか?あの運動ダメな紗雪さんが?この穴を?」
「落ち着け、日吉。俺も思ったけど言わない方が良かっただろ」
「そないな事より前や前。もうアウトやろ」



距離として五メートルも残ってはいないだろう。ニタァ…と笑って斧を持った手が上へと持ち上げられる。そんな動きだけで赤い絨毯に血が滴っていく。完全に標的とされた紗雪は表情一つ変えずに霊符を構えた。床を強く蹴り、己の影に潜んでいる式を呼び出す。ゆらゆらと揺れる陽炎をした式が威嚇するように揺らめいたかと思えば、化け物へと襲い掛かった。そこへ追い討ちをかけるように霊符を放つ。首へと巻きついたそれを取ろうと喉元を掻きむしる様子を一瞥し、三人へと視線を向けた。



「ほら、今のうちに跳ぶ」
「ほんまに大丈夫なん?紗雪、ハードル一つさえ跳べへんのに」



うんうんと忍足の横で向日が頷くのを目にし、彼女は何事もないかのように無理と言い放った。それに思わず硬直した三人を横目に先程の妖狼を再び呼び出すと、その背へと跨がる。完全なる他力本願で紗雪は開けられた穴を飛び越えた。何だか心配したことについてアホらしくなりながらも三人もまた飛び越えてしまう。其処から再び走り続け、漸くと暖炉のある部屋まで辿り着いた。背後を追い掛けてきた化け物は怒りに満ちた表情で部屋へと飛び込んでくる。



「さて…これをどうやって暖炉に放り込むつもりだ?」
「……ああ、そう言えば忘れてた。取り敢えず式を使って追い込むか。それとも私が暖炉の前に立って突っ込んできたら退くとか?」
「紗雪って、そんな俊敏に動けたのかよ」
「無理だ」
「どや顔してないで下さいよ…」



眉を下げながら言う鳳に適当に言葉を投げ掛け、至極面倒だとばかりに暖炉の前に立つと式を呼び出す。跡部、ちゃんと助けてよ。そう隣にいる彼へと言うと式を操って暖炉の方へと化け物を移動させる。だが、知能があるのか。なかなか近付いてこようとせずに暴れまわるそれに大きく舌を打った。投げられた斧に咄嗟に結界を作り上げ、それを弾くと足元で北斗七星を描く。僅かに動きが鈍ったところで暖炉へと化け物を式が投げ込んだ。強い浄化の力を帯びた火が激しく燃え盛る。これで終わりだと思ったが、化け物の手が這い出ようと床を掻いた。



「し、しぶとっ!つか気持ち悪ぃ!」
「皮膚がベロって剥けてるC…」
「言わなくて良いだろそんなこと!」
「……おいおい、このまま出てくるなんっつーことは、」
「あるかも。けど、三狐神が出した狐火だからね。燃え尽きる方が早いんじゃない?」
【……しかし、随分とまた怨みの血が濃いからのう。時間は掛かるだろうな】
「…そんな事より、このまま火事にならないか心配なんですけど俺は」



床へと移りだした火を見て至極冷静に日吉が言葉を口にした。まあ確かにその通りである。火事になられるのは凄く困る。故に紗雪は水行の式を出し、これ以上は火が回らないようにと指示を下す。段々と弱まり始めた化け物を一瞥し、小さく欠伸を漏らした。そろそろ疲れてきて怠いと彼女は独りごちる。だが、これが片付けば後はXだけだ。こんな炎の浄化まで使って力を温存したのはXとの最終対決のため。微かに何処かで蠢く不気味な霊力に眉を寄せ、化け物が燃え尽きた事を確認すると最上階へと足を向けた。




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