その少女、陰陽師につき | ナノ
浮かび上がる意識



現場の祠には既に残滓すら残っていなかったそうだ。それを聞き、狩衣を着た結依は気にした風もなく頷いた。夕飯を済ませ、今の時刻は十時を過ぎた頃。霊符以外に退魔用の弓を念のために用意し、陣を描いて高尾のタオルをその中心に据え置く。護りの力を持つ式神である幼い容貌をした玄武が傍らに控えている。玄武は水を司る神将。夢殿での水音と言うキーワードから妖が水妖と推測したためだ。



「さて、始めるか。二人は隣の部屋に居てくれ。念のために朱雀をつけておく」
「ああ」
「分かりました」
「では、高尾。君はけして声を出すな、良いな。何を視てもだ」
「ん、オッケー」



黒子達が隣の部屋へと移り、それから僅かばかりの時が経過する。そして急激に気温が下がり始め、地を這うような声が聞こえ始めた。結依が高尾を抱き締めながら神呪を唱えると陣の中心に据え置かれたタオルが彼へと姿を変えていく。其処に黒い靄――瘴気を身に纏う妖が覆い被さり、それもまた姿を変え始める。やはり、水妖かと結依は思った。歪な体に水に濡れた毛皮。酷い腐臭の中に混じる潮の臭い。顔はなく、ただ口だけが存在しており、その口が大きく開かれたかと思うと幻の高尾に喰らい付いた。それを視たせいか結依の腕の中にいた本人がひくりと息を呑んだ。声を出さないだけで上出来か。結依は呪符を取りだし、構えた。



「――この悪霊を絡めとれ。絡め取り玉わずば不動明王の御不覚これに過ぎず」



詠唱が完成するとともに呪符が妖へと張り付き、見えない鎖で忽ち拘束してしまう。耳をつんざくような恨めしげな声を上げ、その拘束から逃れようと妖はもがく。それを冷たく一瞥し、呼吸を整える結依。常軌を逸した光景に震える高尾に後少しの辛抱だと囁き、刀印を結んだ。



「万魔拱服!」



神言の完成とともに刀印を振り降ろせば、断末魔の絶叫を上げながら妖の体が霧散していく。其処へ直ぐ様清浄な気が流れ込み、その場を浄化していく。水は穢れを押し流す。玄武によって浄化された室内で腕から力を抜き、高尾を解放する。畳に転がるとともに声を上げないように息を止めていたのか。噎せながら息を吸い、そして咳き込む高尾。調伏が終わると直ぐに緑間が駆け込んできて相棒の無事を確認する。



「大丈夫か!?高尾!」
「すっげぇ怖かったわ…」
「この薬を飲んでさっさと寝ておけ」
「ほんと助かったわ…ありがとう。あんなんに襲われてたらやばかったわ」
「…それほど凄い妖だったんですか?」
「元は封じられていたものだからな…しかも人を喰らった後だ。それなりと言えばそれなりだな」



後片付けを玄武に手伝ってもらいながら言い、渡した薬のゴミをゴミ箱へと投げ捨てる。行儀が悪いと睨まれたが、そんなものは何処吹く風か。まったく気にせずに後片付けを終え、狩衣の襟元を緩めた。



「ほらさっさと布団に入れ」
「寝るような気分にはなれんのだよ」
「…それもそうか。どうせ明日は休みだ。落ち着くまで好きなようにしていろ」
「僕は寝ます。眠いんで」
「黒子…お前ってほんと肝が据わってるよな。いやー俺ってば感心するわ」



ぽてぽてと足元まで器用に二足歩行で歩いていき、黒子を見上げながらぬいぐるみは言った。今まで四足歩行で歩いていたためか緑間達は驚いたように一斉にぬいぐるみを指差す。その反応にこれまた器用に腕を組み、どや顔を浮かべる。それを結依が猫の子のように首を掴んで持ち上げ、宙ぶらりん状態のぬいぐるみを無情にも投げた。しかし、これまた目を見張る事に空中で数回転し、捻りを加えながら器用に着地する。



「これぐらい普通にやるよ、もっくんは」
「なんと言う軽業…!」
「どうだ、この俺様の芸は!」
「て事でお休み」



本日二度目のどや顔をするぬいぐるみを置き去りにし、手をひらひらさせながら部屋を後にして行く。それに気付かないのか、気を良くしたぬいぐるみは次々に技を披露していく。そんなこんなで夜は明けていった。





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